オレンジのR+ //
2013.03.18 [Mon] + Art/Design +
夜のルーベンスに逢いに

先日Bunkamuraザ・ミュージアムで開催されたルーベンス展『ブロガー・スペシャルナイト』へ。
閉館後の会場を貸し切る贅沢。まずはルーベンスの描く世界を堪能する。


1827年の4月のある昼下がり、老人と若者が1枚の絵を眺めていた。老人に問われるままに、若者は描かれた情景について語り始める。「いちばん奥には、たいへん明るい空が見えます。陽が沈んだばかりのようです。同じく遥か彼方に村と町がひとつずつ、夕映えのなかで輝いています。画面のまん中に道があって、羊の群れが村へと急いでいます。右手には干草の山が並び、今しがた干草を満載した荷車があります。その脇では、馬具をつけたままの馬が草を喰み、そばの繁みの中でもあちこちで子馬をつれた母馬が草を食べています。このまま夜も外にいるのでしょう。さらに手前には大木がかたまって生えており、最前景左手には、家路をたどる農民たちがいます」

すると老人は、画中の光の向きについてさらに問い掛ける。このソクラテス風の誘導により、若者は、前景の農民たちとその向こうの木立とが相反する側から照らされているという、自然にはあり得ない状況が起こっていることに気付く。そこで老人は、芸術の自律性を自然の必然性に優先させることにより、かえって現実の自然よりも自然らしく美しい自然を画中に現前させているところに、この絵の作者ルーベンスの偉大さを指摘するのである。老人に傾倒し、自然について、人間について、そして芸術について、彼が日々親しく語りかけてくれる言葉を忠実に書き留めるのを喜びとしていた若者、すなわちエッカーマンは、この対話の一部始終も記録に留めた。そこでわれわれは、晩年のゲーテのルーベンス評と、それに託して披瀝された彼自身の芸術観を知ることができるわけである。


 ――エッカーマン『ゲーテとの対話』第3部、1827年4月18日



《アッシジの聖フランチェスコ》の前に立ちながら、そんな話を思い出していた。


rubens-Francis_of_Assisi.jpg
ペーテル・パウル・ルーベンス(工房)
《アッシジの聖フランチェスコ》 1630年代中頃


その背景は一面の空に覆われ、しかも地平線に近づくほど明るく、けれど朝焼けや夕焼けの類とは思えずなんだかこの世の空ではないかのよう。だからこそ空の青さが不思議と目立つ。足元に寄り添う羊。腕の組まれた胸元に差す光もまたなにかの暗示なのだろうか。
宗教画的に細部まで描き込まれた絵が多い中、そのシンプルさと漂う日常的な非日常的背景の絵に自然と目がとまった。


Pieter_Paul_Rubens_Christ_Risen.jpg
ペーテル・パウル・ルーベンス
《復活のキリスト》 1616


その《アッシジの聖フランチェスコ》となりにあったのが、《復活のキリスト》だった。《復活のキリスト》はこのルーベンス展につけられたキャッチコピーを思わせた。「バロックの真髄」。真髄を語れるほどバロックについて知識が深いわけではないんだが、以前のリヒテンシュタイン展で感じ取った「バロックとはなんぞや」というところでの、もっともバロックらしいと感じられた一枚だ。過去記事:バロック美術とは~リヒテンシュタイン展よりバロックの理解を引用すると、


>>>>>>>> ココカラ >>>>>>>


■ バロック美術とは


バロック美術:
16世紀末から18世紀にかけ欧州全域に見られた様式。ルネサンス美術が左右対称や均衡を重視するのに対して、流動的、対角線構図、曲線的、コントラストのはっきりした構図などが特徴で、それらは力強い生命感やダイナミックな躍動感、劇的な感情表現や臨場感を生みだしている。



図録にあるバロック美術の解説がわかりやすくて良かったな。ミケランジェロとベルニーニによる《ダヴィデ像》の比較。ルネサンスとしてミケランジェロを、バロックとしてベルニーニを。


david-Michelangelo-galleria.jpg
ミケランジェロ作《ダヴィデ像》

david-bernini-galleria.jpg
ベルニーニ作《ダヴィデ像》


おなじダヴィデであって、静的で直線的なミケランジェロの《ダヴィデ像》と、身体をひねることでうまれる躍動感、斜めのラインや曲線、"瞬間"感や表情のあるベルニーニの《ダヴィデ像》。全然ちがうよね。バロック的表現とは何なのかつかみやすい。


ちなみに、わたしの中では「バロックとは襞である」ってイメージです。

バロック絵画における流動感と複雑さは襞によって生み出されるもの。相反する要素は襞のように折り重なり、交わりながら調和していく。たとえば絵画における光と影であっても、直線では分離することなく、互いの領域は交じりあい、微妙な曲線とグラデーションとなって描かれたり。

あるいは人の感覚に直接的に訴えかけてくる豪華な装飾や錯視効果を襞のようだと直感的に捉えてもいい。描かれる劇的感情表現とはこころの襞のあり様だし、ぶつかり合うふたつの力によって生じるねじれや歪みは襞ともなれる。つまり、そういうことではないかと。


<<<<<<< ココマデ <<<<<<<


ブロガーナイトの講演会場は贅沢にもこの二枚の絵を背にしていた。時間になるまで椅子に座りながらゆっくりとその二枚を堪能した。


rubwns_night4.jpg
※展覧会場内の撮影は主催者の許可を得ています



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2013.03.06 [Wed] + Art/Design +
ラファエロ展 @国立西洋美術館

入り口をはいってすぐ、そこに彼がいた。

「若く、非常に慎ましやかな外見で、頭に黒いベレー帽を被った感じの良い、好ましい優美さを備えている」ーーその記述どおりの、もっとも知られている彼の "顔" 。


Raphael_Selfportrait.png
ラファエロ・サンツィオ 《自画像》 1504-1505


ラファエロ・サンツィオ。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロと並ぶ盛期ルネサンスの三大巨匠の一人。ラファエロの描く聖母子が好きでこれまでにも国内外でそれなりに作品をみてきたつもりだが、そんなわたしからこの絵をみてこぼれた一言めは「なんだかラファエロっぽくないなあ」。写真とかでみた印象とは違うってことかな……(じっと見て)やっぱり、ちがう。表情や雰囲気、それらはたしかにラファエロらしい作品なんだけど、なんだろう、んん、、


ラファエロ作品はざっくりと3つに大別できる。ウルビーノ公国の宮廷画家であり詩人でもあった父やウンブリア派の画家ペルジーノからの影響が伺えるペルージャでの修行時代、レオナルドやミケランジェロと出会い、切磋琢磨したフィレンツェ滞在時代、教皇の命を受け居を移しフレスコ画装飾に従事しはじめたローマ時代。

時期からすると、この絵はフィレンツェに来てまもなくの作品である。らしくない、と感じさせるのはなんなのか。言葉にできないざわつきを抱えたまま、ひとまず先へ。



     *     *    *



この展覧会は前述した3つの区分がそのまま章となり構成されている。

 第1章 画家への一歩
 第2章 フィレンツェのラファエロ ーレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロとの出会い
 第3章 ローマのラファエロ ―教皇をとりこにした美
 第4章 ラファエロの継承者たち




まず登場したのは、画家としてラファエロの名前が初めて契約書に表れた1500年制作の祭壇画。


Raffaello_God_the_Father_and_the_Virgin_Mary.png
ラファエロ・サンツィオ 《父なる神、聖母マリア》 1500-1501


Angelo_Raffaello.jpg
ラファエロ・サンツィオ 《天使》 1501


そばには師としてラファエロに当時おおきな影響与えたペルジーノの作品も並べられていた。


perugino_santa_giustina.jpg
ペルジーノ 《聖ユスティナ》 1495-1498


が、そもそも大きな影響を与えていただの、ラファエロの作品にはペルジーノの作風が見られるだのいわれても、そもそもペルジーノを知らないんですが(kotomoにはよくあること)。 正直《聖ユスティナ》をみてもピンとこなかったし、、



-----------ってなことで以下はメモ書き-----------


■ ペルジーノ Perugino
1450-1524 | イタリア | ルネサンス フィレンツェ派

15世紀に活躍したウンブリアを代表する画家。本名ピエトロ・ヴァンヌッチ。フィレンツェ派の写実性とウンブリア派に見られる情緒豊かな表現によって優雅でありながら、曖昧さも残す甘美な独自の様式を確立。弟子であるルネサンス三大巨匠のひとりラファエロの作風に大きな影響を与えたが、自身もラファエロから刺激と影響を受ける。


Ritratto_di_giovinettouffizi.jpg
ペルジーノ 《少年の肖像》 1495


cristo_in_pieta.jpg
ペルジーノ 《石棺の上のキリスト》 1495


madoona_col_bambino_angeli_e_membri_dell.jpg
ペルジーノ 《慰めの聖母》 1496-1498


vaticanomadonna_col_bambino_con_quatro.jpg
ペルジーノ 《ピエタのキリスト》


《ピエタのキリスト》はペルージャの宮殿礼拝堂に掲げられていた祭壇画の一部で、その中央部分はナポレオンによってパリに持ち去らたのだが、その際ペルージャ市民のために画家ドメニコ・ガルビによる模写が作成されていた。(のちに本物はイタリアに返還され、ヴァチカン宮殿に納められ現在はヴァチカン絵画館に所蔵されている)


copy_madonna_col_bambino_e_saintidomenico.jpg
画家ドメニコ・ガルビによる《ピエタのキリスト》の模写


比べると一目瞭然。写実的でありながら、柔らかで量感あふれる表現に長けていたようだ。その腕前は「神のごとき画家」と賞賛され、当時イタリア中から注文が殺到した。あのボッティチェッリらと一緒にシスティーナ礼拝堂の壁画装飾にも携わった。


-----------メモ書きここまで-----------


とすると、ラファエロがペルジーノからどのような表現様式を受け継いだのかなんとなく見えてくる。ラファエロらしい優美さの礎はここで築かれたのだろう。




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2013.01.22 [Tue] + Art/Design +
エル・グレコ展@東京都美術館

エル・グレコ El Greco
1541-1614 | スペイン(ギリシャ) | マニエリスム


イタリア(ヴェネツィア・ローマ等)やスペインで活躍したマニエリスム最後にして最大の画家。出生はギリシャ クレタ島。そこでビザンティン様式を取得した後、イタリアに渡り約10年間、ティツィアーノなどのヴェネツィア派の色彩やミケランジェロの量体表現、パルミジャニーノなどマニエリスムの先駆者の作品から、引き伸ばされた人体比率を学ぶ。イタリア滞在時は報酬などでの金銭トラブルが絶えず、生活ができないほど貧しい暮らしを強いられた。1576年頃スペインへ渡り宮廷画家を志すが、エル・グレコ自身の独自性となり始めていた奇抜な構図と非現実的な色彩が、当時絶対的な権力者であったフェリペ二世の不興を招いた。その結果、宮廷画家への道は閉ざされるが、宗教関係者や知識人からは圧倒的な支持を得た。以後、逞しい肉体の表現から、人体の長身化が顕著になり、形態は流動性を帯びていった。

[Salvastyle.comより]



当時、エル・グレコはまず優れた肖像画家としてみなされていたという事実は少なからずわたしを驚かせた。
この展覧会はそんな彼の肖像画の紹介からはじまっていく。

エル・グレコの肖像画の特徴とは、描かれた人物の現在の似姿、つまり代用物として成立せしめた点にあるのだという。
肖像は目線を合わせること、身振り、そしてわれわれの目線の高さに配置されることにより確立される物理的・心理的距離の近さを通じて、観る者とコミュニケーションを交わし、実在の人物のようにそこに現れるのだ、と。


el_greco_paravicino.jpg
エル・グレコ 《修道士オルテンシオ・フェリス・パラビシーノの肖像》 1611


なるほど、通常の肖像画に比べて余分な背景スペースがカットされ、人物がぐっと前面にでてきている。
絵の前に立つと、まるで目の前にいるかのような親近感を覚える。

手が、ひざが、近いのだ。
こちらに目線をむけ、耳を傾けているのがよくわかる。

しかし、単にそれだけではない。
あたかもそこにいるかのように、ということはつまり鑑賞者の前にその人物が存在し、その人物は鑑賞者を見つめているということで……


el_greco_selfportrait.jpg
エル・グレコ 《芸術家の自画像》 1595


とても視線がやさしいのだ。
友を迎えるときとおなじようにこちらをじっと見つめ返してくれる。


それは《ディエゴ・デ・コバルービアスの肖像》の比較をみると明らかだ。


el_greco_immaculate_conceotion3.jpg
右 アロンソ ・サンチェス・コエーリョ 《ディエゴ・デ・コバルービアスの肖像》 1572-73
左 エル・グレコ 《ディエゴ・デ・コバルービアスの肖像》 1586-1600

(2点は並べて展示されています)


このエル・グレコの作品は、モデルであるディエゴの死後、アロンソ・サンチェス・コエーリョの作品を参考にして描いたもの。
エル・グレコは生前のディエゴに面識がなかったというが、どちらの人物により感情や息遣いを感じられるだろうか。

比較展示を前に立つと、いっそうエル・グレコの描く肖像画の魅力が見えてくる。


greco-covarrubios-and-coello-2.jpg


またエル・グレコは聖人や聖女ーー「見えるもの」だけでなく「見えないもの」たちさえ、日常から切り離すことなく描いていった。


el_greco_saint_paul.jpg
エル・グレコ 《聖パウロ》 1585

el_greco_saint_mary.jpg
エル・グレコ 《悔悛するマグダラのマリア》 1576


そのやさしく潤んだ瞳。
鑑賞者との近しい距離。


エル・グレコの肖像画でいちばん印象に残ったこと。




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2012.12.29 [Sat] + Art/Design +
2012年展覧会 ベスト10

メモ書きとして。


1. 「コレクター鈴木常司『美へのまなざし』 第Ⅱ期 モネとポーラ美術館の絵画」ポーラ美術館

【過去記事】コレクター鈴木常司「美へのまなざし」展 第2期モネとポーラ美術館の絵画

はじめて訪れたポーラ美に度肝を抜かれた。
そのコレクションセンス、展示法、すべてがすばらしい!
ゆえに来年のポーラ美×レオナール・フジタ×Bunnkamuraには期待せざるを得ない。



2. 「英国水彩画展」 Bunkamura ザ・ミュージアム

一発勝負で画家本来の画力がそのまま作品となる水彩画。ピクチャレスクという美の概念。
いまでも水彩画を描きたい願望のあるわたしには、その描かれた景色といい、ドツボでした。



3. 「シャルダン展」三菱一号館美術館

誰の心の中にも存在するリンゴを描いた世界。
静寂と空間と内面世界の妙。




Tags // Art/Design

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