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2013.03.06 [Wed] + Art/Design +
ラファエロ展 @国立西洋美術館

入り口をはいってすぐ、そこに彼がいた。

「若く、非常に慎ましやかな外見で、頭に黒いベレー帽を被った感じの良い、好ましい優美さを備えている」ーーその記述どおりの、もっとも知られている彼の "顔" 。


Raphael_Selfportrait.png
ラファエロ・サンツィオ 《自画像》 1504-1505


ラファエロ・サンツィオ。レオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロと並ぶ盛期ルネサンスの三大巨匠の一人。ラファエロの描く聖母子が好きでこれまでにも国内外でそれなりに作品をみてきたつもりだが、そんなわたしからこの絵をみてこぼれた一言めは「なんだかラファエロっぽくないなあ」。写真とかでみた印象とは違うってことかな……(じっと見て)やっぱり、ちがう。表情や雰囲気、それらはたしかにラファエロらしい作品なんだけど、なんだろう、んん、、


ラファエロ作品はざっくりと3つに大別できる。ウルビーノ公国の宮廷画家であり詩人でもあった父やウンブリア派の画家ペルジーノからの影響が伺えるペルージャでの修行時代、レオナルドやミケランジェロと出会い、切磋琢磨したフィレンツェ滞在時代、教皇の命を受け居を移しフレスコ画装飾に従事しはじめたローマ時代。

時期からすると、この絵はフィレンツェに来てまもなくの作品である。らしくない、と感じさせるのはなんなのか。言葉にできないざわつきを抱えたまま、ひとまず先へ。



     *     *    *



この展覧会は前述した3つの区分がそのまま章となり構成されている。

 第1章 画家への一歩
 第2章 フィレンツェのラファエロ ーレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロとの出会い
 第3章 ローマのラファエロ ―教皇をとりこにした美
 第4章 ラファエロの継承者たち




まず登場したのは、画家としてラファエロの名前が初めて契約書に表れた1500年制作の祭壇画。


Raffaello_God_the_Father_and_the_Virgin_Mary.png
ラファエロ・サンツィオ 《父なる神、聖母マリア》 1500-1501


Angelo_Raffaello.jpg
ラファエロ・サンツィオ 《天使》 1501


そばには師としてラファエロに当時おおきな影響与えたペルジーノの作品も並べられていた。


perugino_santa_giustina.jpg
ペルジーノ 《聖ユスティナ》 1495-1498


が、そもそも大きな影響を与えていただの、ラファエロの作品にはペルジーノの作風が見られるだのいわれても、そもそもペルジーノを知らないんですが(kotomoにはよくあること)。 正直《聖ユスティナ》をみてもピンとこなかったし、、



-----------ってなことで以下はメモ書き-----------


■ ペルジーノ Perugino
1450-1524 | イタリア | ルネサンス フィレンツェ派

15世紀に活躍したウンブリアを代表する画家。本名ピエトロ・ヴァンヌッチ。フィレンツェ派の写実性とウンブリア派に見られる情緒豊かな表現によって優雅でありながら、曖昧さも残す甘美な独自の様式を確立。弟子であるルネサンス三大巨匠のひとりラファエロの作風に大きな影響を与えたが、自身もラファエロから刺激と影響を受ける。


Ritratto_di_giovinettouffizi.jpg
ペルジーノ 《少年の肖像》 1495


cristo_in_pieta.jpg
ペルジーノ 《石棺の上のキリスト》 1495


madoona_col_bambino_angeli_e_membri_dell.jpg
ペルジーノ 《慰めの聖母》 1496-1498


vaticanomadonna_col_bambino_con_quatro.jpg
ペルジーノ 《ピエタのキリスト》


《ピエタのキリスト》はペルージャの宮殿礼拝堂に掲げられていた祭壇画の一部で、その中央部分はナポレオンによってパリに持ち去らたのだが、その際ペルージャ市民のために画家ドメニコ・ガルビによる模写が作成されていた。(のちに本物はイタリアに返還され、ヴァチカン宮殿に納められ現在はヴァチカン絵画館に所蔵されている)


copy_madonna_col_bambino_e_saintidomenico.jpg
画家ドメニコ・ガルビによる《ピエタのキリスト》の模写


比べると一目瞭然。写実的でありながら、柔らかで量感あふれる表現に長けていたようだ。その腕前は「神のごとき画家」と賞賛され、当時イタリア中から注文が殺到した。あのボッティチェッリらと一緒にシスティーナ礼拝堂の壁画装飾にも携わった。


-----------メモ書きここまで-----------


とすると、ラファエロがペルジーノからどのような表現様式を受け継いだのかなんとなく見えてくる。ラファエロらしい優美さの礎はここで築かれたのだろう。



     *     *    *



フィレンツェでラファエロの芸術は大きな飛躍を遂げる。まずマザッチョやドナテッロら過去の芸術家の作品からは、どっしりとした量感のある人体像の描写を学んだ。同時代の芸術家のなかでは、特にレオナルド・ダ・ヴィンチ、ミケランジェロ、フラ・バルトロメオから得るものが多かった。なかでもレオナルドからの影響は顕著で、《聖ゲオルギウスと竜》のモティーフの実在感や、人物と馬、竜の動きのあふれる絡み合いは、レオナルドの描く戦闘場面を髣髴とさせる。《無口な女(ラ・ムータ)》は《モナ・リザ》のポーズをそのまま引用しているほか、微妙な陰影を作り出す方法も共通している。レオナルドからは、頭のなかにあるイメージをペンによって素早く描きとめ、手を動かしながらアイデアをまとめていく素描法も学んだ。この手法は後にローマにおいて、大勢の人物で大画面を構成する必要に迫られた際に生かされることとなる。
ミケランジェロからは男性裸体像の動きの表現、短縮法、姿勢のヴァリエーションを学び、フラ・バルトロメオからは色彩法や穏やかで荘重な構図法、チョークを用いた素描の仕方、風景表現などを学んだ。ただしラファエロはむやみに学ぶのではなく、自分の目的に合うものを選び、また目的に合わせて変容させることも厭わなかった。(図録より)



学ぶことは真似ぶことという。こと天才という人種は興味をとりこむことに貪欲である。

“優れた者は、迷わず「真似る」。
それが一番の近道だと知っているんだ。
しかし次に、そこで終わるか終わらないかは、「盗めるか」にかかっている。
やりかたを真似たら、それを自分のものにする。
それが「盗む」という事だ。
自分のものにしてしまえば、盗んだものはさらに研磨される。
それは決して、「真似て」いるだけでは起こらない現象だ。”とはかのスティーブ・ジョブズの言葉だが、第2章ではラファエロがルネサンスの中心地フィレンツェで水を得た魚のごとくあらゆるものを吸収し自らの作品づくりへ昇華させていったのか、その断片を伺い知ることができた。


中でも目を引いたのが《無口な女(ラ・ムータ)》。


Raphael_Lamuta.png
ラファエロ・サンツィオ 《無口な女(ラ・ムータ)》 1505-1507


lisa0.jpg
参考画像:
レオナルド・ダ・ヴィンチ 《モナ・リザ》 1503-1519


レオナルドの影響が色濃くみえるこの作品であるが、その陰影やとくに衣服の質感表現は単にレオナルドの手法を取り入れてみた、というレベルではなく、ジョブズがいうところの「真似るをこえて、研磨され自分のものとなる」であろうか。ルネサンスの巨匠にたいして不遜な物言いだが、「明らかにうまくなってる。それもものすごく」。

《父なる神、聖母マリア》にはなかった奥行き感というか空間感というか、「衣服を立体的に描く」というレベルをこえて「そのものが質感・質量を持って絵の中に存在している」のだ。すごいのは近づいてみればみるほどよりリアルさを伴ってくること。フィレンツェに出てきて天才たちと出会うことで、こんなにも才能から新たな表現法が噴出するのかと感動すらおぼえる。


そして、《大公の聖母》。


Raphael_The_Granduca_Madonna.jpg
ラファエロ・サンツィオ 《大公の聖母》 1505-1506


この内から光放つような肌表現。慈愛にみちたまなざし。それは聖母子像のラファエロと評されるにふさわしい、ラファエロにしか描きだせない光が存在していて。天才とはそういうものだと言われてしまえばそれまでだが、ペルージャ時代のころからわずか数年でこんなものまで描き上げてしまうなんてすごいとしかいいようがない。描き続けるうちに作風や技法が変わってゆく画家など数多いるし、というかそれは人間の成長や変化として当然なんだけれど、ことラファエロに関しては才能そのものがおおきく変化していったような印象を受けた。なぜだろう…。

トスカーナ大公であったハプスブルク家のフェルディナント3世が所蔵し、公務で出向する際はもちろん、私的な旅行のときでさえ片時も手放すことはなかったというほどこの作品を賞賛していたことから《大公の聖母》と呼ばれるようになったこの作品、科学的調査によって背景の黒色は別の誰かの手によって後に塗りつぶされたものだと判明している。

イタリアの記事に失われた背景復元模写した絵が紹介されていたけど(日本語訳はコチラ)、


ricostruzione-Madonna-del-granduca-200x300.jpg


んーわたし的には背景が黒い方が聖母子のにじみ出るやさしい光と存在感が強調されて好きだな。




第3章のローマ時代ではなんといってもこれ。


Raphael_Vision_of_Ezekiel.png
ラファエロ・サンツィオ 《エゼキエルの幻視》 1510


小ぶりの画面からはみ出さんばかりに描かれているのは、両手を広げ筋骨隆々とした神と、それぞれ人、獅子、鷲、牡牛に姿を変えた四人の福音記者たち。ラファエロの中にはこんなに激しい情熱があったのかと思わずにはいられないほど力強くて美しかった。

預言者エゼキエルが見たのは神という幻である。にもかかわらず人智を超えた存在である神をいっそう人間らしく描くことで、そこに神という存在を宿らせることができるんだなあと感心した。


だって人間は空を飛ばないもの。




     *    *    *


ラファエロの油彩や素描約20点に加え、ラファエロの作品を基にしたタペストリーや周辺の画家の作品など計60点集めた今回の展覧会。元来ラファエロ作品は各美術館の顔であり、一挙に借用してくることはむずかしいことを考慮するとじゅうぶん贅沢ではあるものの、やはり「ラファエロの大回顧展」の触れ込みに期待してくると少々の物足りなさは否めないかも。

けれども、ただ「ラファエロの作品」を観るのではなく、ひとりの才ある画家がそのときどきで刺激をうけ吸収し、のちに彼自身が広く後世まで影響を持ち語り継がれる存在になっていくのが見てとれるのはおもしろかったな。


最後にもう一度、冒頭の自画像の前に立つ。ひとまわりラファエロの語り部となる作品をみてきたことで、今度はこの作品に抱いた違和感がはっきりとわかった。のっぺりとしているのだ。のっぺりとしてる? こんなにもみごとな陰影のグラデーションがあるのに? いや、わたし自身が吸い寄せられるってことなのかもしれない。ただ光が感じられない。内から発するようようななにかが。とにかく平面的なのだ(と思える)。気がつくとわたし以外にもこの絵の前で佇む人が多い。いっそその人たちに「この絵、どう思います?」って尋ねてみたい衝動にかられてくる。しないけどね。みなの足を引き止めている理由はそれぞれだろうけど、ひとつ、妙に人をひきつける作品だと言えそうだ。おそらくラファエロはいくつもの "顔" を描くことができるのだろう。


結論。もっとラファエロを観たくなった展覧会でした。




関連リンク
 >> ラファエロ展公式HP
 >> 【過去記事】「聖母の画家」ラファエロとマリアたち



ところで図録を見返して気がついたんだけど、まぶたの上に水滴?がのってる。(よくみると、左のまぶたの上にもある)
水滴が確認できる画像をさがしてみた


raphael_drop.png


これこれ↓


raphael_dropup.png



なんだろー。会場でみたときには気が付かなかった。。
また週末に再訪するのでそのときに注意してみてみよっと。

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