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2012.11.10 [Sat] + Art/Design +
デューラーの《祈りの手》、美しい手

《祈りの手》と名付けられた一枚の絵。
曲がった指、節々の目立つゴツゴツした手ーーー。

作者はドイツのルネサンス期の画家、アルブレヒト・デューラーその人である。



Albrecht_Durer_praying_hands.jpg
アルブレヒト・デューラー 《祈りの手》 1508
アルベルティーナ美術館、ウィーン、オーストリア



実はこの絵は、まだデューラーが若く、貧しい画家だった頃、彼の生活の糧を得るため働いてくれた親友の手を、彼が感謝を込めて描いたものだと言われている。



    *    *    *



デューラーは、貧しい鍛冶屋の子として生まれました。
小さな頃から画家になりたいという夢を持っていた彼は、自分の夢を叶えるため、
当時とても有名な画家を訪ねたところ、弟子入りを許されました。
しかし、貧しいデューラーには、当時、高価だった絵の具やカンバスを買うお金がありません。
せっかく有名な画家の弟子になれても、満足に絵も描けない状態でした。

その画家の弟子のひとりに、デューラーと同じく、貧しい境遇の一人の青年がいました。
二人は、お互いの似た境遇もあって、すぐに意気投合し友達になりました。
しかし二人とも、貧しいがゆえに日々の糧にも窮する状態でした。ましてや、絵を描くなど夢のまた夢でした。
そんなある日、その友達は思いあまって、デューラーに言いました。
「このままでは、二人とも画家にはなれないだろう。
だから、僕たちのどちらか一人が働き、もう一人がそのお金で絵の具を買い、絵を描くんだ。
そして4年経ったら交代しよう。まず僕が働きに行くから、君は絵を描くんだ!」
それから、その友達は炭坑に行き、(当時の炭坑は、頻繁に岩盤の崩落事故がおきるような劣悪な環境でした。)
毎日必死に働きました。デューラーは彼から生活費を送ってもらい、死に物狂いで絵に没頭しました。

時は流れ、デューラーは自分の描いた絵も売れるようになり、一人前の画家として認められるようになりました。
デューラーは、自分の絵が売れたお金を持って、喜び勇んで、友達の家を訪ねました。
「やったよ。絵が売れたんだ。君はもう炭坑に行かなくていいんだ。長い間、ほんとうにありがとう。
今度は僕が君の生活費を稼ぐ番だ。このお金で、思う存分、絵を描いてくれ!」
でも、その友達は、力なく笑い、首を振りました。「おめでとう。本当によかった。でも僕はもうダメなんだ。
炭坑での仕事がたたって、指が曲がってしまったんだ。手も震えて、絵筆も握れないんだ。」
デューラーはショックを隠せませんでした。「僕のために・・・、君は、僕の犠牲になって・・・、すまない・・・。」
  小さな震える声でわび、そしてフラフラと友達の家を出て行きました。
自分の成功が友達の犠牲の上に成り立っていた。彼の夢を奪い、僕の夢が叶った。

それからしばらく、深い罪悪感と自責の念に襲われる日々を過ごしていたデューラーは、
ある日、もう一度、友達の家を訪ねました。
失意にある友達に「何か出来ることはないだろうか。少しでも償いをしたい。」という気持ちに揺さぶられたのです。
友達の家のドアを小さくノックしました。ドアは開きません。でも、家の中からは小さな声が聞こえてきます。
デューラーは恐る恐る鍵のかかっていないドアを開け、部屋に入りました。
すると、友達が静かに祈りを捧げていました。ゆがんでしまった手を合わせ、一心に祈っています。
「デューラーは私のことで傷つき、苦しんでいます。自分を責めています。
神さま。どうかデューラーがこれ以上苦しむことがありませんように。
そして、私が果たせなかった夢までも、彼が叶えてくれますように。
あなたの守りと祝福が、いつもデューラーと共にありますように。」

デューラーは、耳を疑いました。友達は、きっと自分のことを恨んでいるだろうと思っていたのです。
ところが、その友達が、自身のためではなく、僕のために一生懸命に祈ってくれている。
ゆがんでしまった手を合わせ、一心に祈ってくれている。
友達の祈りを、じっと聞いていたデューラーは、祈りが終わったとたん、彼に涙ながら懇願しました。
「お願いだ。君の手を描かせてくれ。君のこの手のおかげで、今の僕はあるんだ。
君のこの手の祈りで、今、僕は生かされているんだ!」




    *    *    *


Albrecht_Durer_self.jpg


ドイツ美術史上最大の巨匠、アルブレヒト・デューラー(1471-1528)

イタリアがルネサンスに湧き上がる時代、ドイツに生まれたデューラーは、故郷で絵画技法をひととおり習得したのち、生涯で2度のイタリア旅行へ出かける。「芸術の都」として多くの芸術家が集う街で、ジョバンニ・ベッリーニやラファエロらから大いに刺激を受けると、祖国へ最先端の技術を持ち帰り、祭壇画や肖像画等の注文をこなし、その名を広めた。晩年は長年培った絵画理論を後世に伝えるため著作に時間を費やし、56歳で生涯を終える。しかし、21世紀となった現在も、ドイツ美術史上最大の画家として後世各地の芸術家に影響を与え続けている。

金工細工師の息子として生まれ、小さな時から、金属細工師として訓練を受けた。彼の几帳面で、繊細な版画は、ここから学ばれた。当時の芸術の中心地であったイタリアからルネサンス様式を持ち帰り、さらにそれを自身のスタイルとミックスさせ独特の作風を築く。また、ドイツは、他国を圧倒する版画技術があり、デューラーもまた生涯にわたり木版画や銅版画を制作した。その緻密な「刻線」の描写の出来は素晴らしく、それまで低級とみなされていた版画の評価を変えた。

参考:Epitome of Artists *有名画家・代表作紹介、解説



    *    *    *


わたしは形態と美の完璧さはすべての人間の総和のなかに含まれると考える
デューラー 『人体比例に関する四書』より




Albrecht_Durer_hand.jpg
Albrecht Durer
《Hand》

Albrecht_Durer_boys_hands.jpg
Albrecht Durer
《Boy's Hands》 1506



デューラーの精巧なまでの描写は本当にうつくしい。
とくにわたしが好きなのはデューラーの水彩画なんだよね。

次はデューラーの水彩画でも紹介しようかな。

| 22:31 | trackback 0* | comment 0* |


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