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2012.10.07 [Sun] + Art/Design +
コレクター鈴木常司「美へのまなざし」展 第2期モネとポーラ美術館の絵画

箱根、ポーラ美術館。
フジタや印象派、とくにモネ好きとしてはずっと訪れてみたかった場所。

ポーラ美術館:
モネ、ルノワールなどの印象派や、ピカソ、カンディンスキーなど、20世紀の西洋絵画約400点を中心に、日本画、ガラス工芸、化粧道具等約9500点ものコレクションが収蔵されている。特に印象派のコレクションは評価が高く、質、量ともに日本最大級である。


……なんていわれても、なんだかいまいちピンとこないという人が多いんじゃないだろか。
では、こんな言い方はどうだろう。

パブロ・ピカソ 19作品、国内最多コレクション。
クロード・モネ 19作品、国内最多コレクション。
ピエール=オーギュスト・ルノワール 15作品 + 手紙が1点、国内最多コレクション。
エドワード・ドガ 9作品、国内最多コレクション。
ヴァン・ゴッホ 3作品、国内最多コレクション。
レオナール・フジタ(藤田嗣治) 172作品、国内最多コレクション。
日本でこれだけたくさんの数の画家の国内最多コレクションを所蔵している美術館は他にない。

そして、これらポーラ美術館が誇る数多の所蔵品はたったひとりの人物によって集められたものだったとしたら…

ポーラ創業家2代目、鈴木常司。父・鈴木忍の急逝により、留学先のアメリカからただちに帰国し、社長の座についたのは、常司23歳の春のできごとであった。


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寡黙でおだやか、頓着のない性格。
好物はそば。ひとりでいるときは質素な食事をしていたという。


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再現されたポーラ五反田ビル旧会長室(プロローグより)

旧会長室も美術品は飾ってあるものの、内装や家具はいたって質素であり、
そのぶん大きいながらもいたってシンプルな机が目立っていた。
ご本人の人柄をよく表していると思う。



■ コレクションのはじまり、その一枚


父親の跡をついで5年目の1958年、鈴木常司、28歳。本社機能を地元の静岡から東京に移転させるため、旧ポーラ銀座ビルの建設が始まる。本拠地を東京の銀座に移す事は、創業者である父の夢であった。その遺志が実現された年、常司は二枚の絵を購入する。


そのうちの一枚。
レオナール・フジタの《誕生日》。


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レオナール・フジタ(藤田嗣治) 《誕生日》 1958


フジタらしい、なんともいえない華やぎと愛らしさにあふれた作品。
なぜこの絵を若き経営者が購入したのかとても興味がある。他の初期のコレクションと比較しても、ひとつだけ色のちがうものとして目立っていたから。なんだかそこには意味があるように思えてしかたないのだ。
——実際にはその理由は定かではないものの、亡き父の念願である東京進出を叶えた記念にこの絵を買ったのではないかと推測されている。

が、中央の誕生日ケーキをよくみると、キャンドルが5本たてられているんだよね。

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父の跡をついで5年、つまり鈴木常司という社長が誕生して5年目。
ようやく日々の変化にも慣れ、本社移転という大事にも目処がつき一息ついたとき、この5本のキャンドルのたつ絵とであい、運命を感じたのではないか…などと想像してみたり。いずれにせよ、常司にとってなんらかの思い入れのある一枚なんだろう。


こうして、その後40数年にもわたって築かれた常司のポーラ美術館コレクション——その多様性、質量ともに、戦後の個人のコレクションとしては日本最大級の規模を誇る——をめぐる展覧会は、フジタの《誕生日》からはじまったのだった。



    *    *    *


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ポーラ美術館開館10周年記念
コレクター鈴木常司「美へのまなざし」展 第2期モネとポーラ美術館の絵画

 プロローグ コレクター鈴木常司
 1. 1958年ーーコレクションのはじまり
  2. 初期の収集とユトリロ
   ポーラ五反田ビルのクリスタルロビーと美術館建築
  3. 絵画の照らすみちーールオーとルドン
   花のコレクション
  4. 心鎮まる絵画ーー岡鹿之助とルソー
  5. 美の女神たち
   ロダン《ナタリー・ド・ゴルベフの肖像》とポーラ
  6. 小さきものへの愛情
  7. ピカソ海辺の母子像
   「悪の華」から《海辺の母子像》へ
   駿府博の「ヨーロッパ名画館」
  8. 精しさと厳しさ
   鈴木常司とクロード・モネ
   鈴木常司と杉山寧
  9. 馬ーー坂本繁二郎から東洋陶磁
 10. 2000年ーー最後のコレクション
 11. よそおいの美と心
   ヨーロッパの香りと化粧
   江戸の化粧
   20世紀の化粧
 12.歴史と伝統への憧れ
   ポーラ美術館の東洋陶磁コレクション
   ポーラ美術館の近代陶芸コレクション
   公益財団法人ポーラ伝統文化振興財団について

会期:2012年10月5日 - 2013年2月26日


※ 会場内の写真はすべて主催者の許可を得て撮影しています



■ 描かれた世界


力強い筆致。繊細な線描。平面的な構成。バランスのとれた構図、静謐さのただよう空間、あるいはあざやかで大胆な色彩。明快な輪郭線。これらはコレクションに一貫して見られる特徴である。それはときに花の絵だったり、どこかの街並みだったり、なにかを見つめるまなざしだったり。


その中でまず目をひいたのがルドンだった。ルドンといえば、内的世界や神話的描写を得意としており、どちらかというと精神の暗い闇、黒のイメージだったんだけど。


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オディロン・ルドン 《イカロス》 1890頃

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オディロン・ルドン 《帆船(寓意的風景)》 1907

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オディロン・ルドン 《日本風の花瓶》 1908


なんて明るい色。
なんて明るい世界。
どれも希望をうしろにたたえているかのような。
圧倒され、惹き付けられた。
キャプションがなければ、とうていルドンの作品だとは気付かなかっただろう。

鈴木氏が収集したルドンの作品はすべて、いわゆる「黒」の作品ではなく、晩年に制作された色彩豊かな絵画なんだそうだ。ギャラリートークでは、これらに翼や船出などのモチーフが描かれているのは、まだ若き経営者がこれからの一層の飛躍への願いを絵に重ねてみていたのでは、と解説されていた。


    *    *    *


ところで、図録を読んでいて、あることに気がついた。父・鈴木忍は写真撮影を趣味としており、社内報『ポーラニュース』1937年創刊号の表紙には自身の撮影した写真が使われているのだが、その「朝陽映島」と題された写真がルドンの《帆船》と印象がよく似ている。

大胆に船首をクローズアップした写真。船体にぐるぐると巻かれたロープがかけられているのをみると帆船なのだろうか。姿こそ見えないものの、海にのびる一筋の光と向こうに影となって見える島が、輝く太陽の存在を想像させる。船の切っ先はその光のむこうへ。

父・忍の逝去後に発行された『ポーラニュース』社長追悼号に寄せた「父を語る」では、父の趣味だった写真について「私も滞米中に大いに腕を磨き、帰国後父と腕前の程を較べる積りだつた、しかしもうその父はいない」と心境を明かしていた。…もしかしたら、本人も意識していないどこかで父の「朝陽映島」を《帆船》に見たのでは……なんていうのは出来すぎだろうか。



    *    *    *



実はもう一枚、印象に残った船の絵がある。


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ジョルジュ・スーラ 《グランカンの干潮》 1885


スーラといえば、点描という技法(絵具をパレット上で混ぜ合わせずに、そのまま細かな筆触で画面に置き、やや離れてみたときに光の場合と同様の原理で色が混ざり合って見える技法)で知られている。

スーラは完成作を仕上げるまでに多数の素描や下絵を制作して構想を練っており、また点描という技法そのものは仕上げるまでに相当の時間を要する。そのうえ31歳という若さで亡くなったことも拍車をかけ、スーラの作品数はけっして多くはない。これは国内でも貴重なスーラの所蔵例である。

まじりっけのない、明るい光の色。
補色となる色をつかって描かれた枠線もアクセントとなり、いっそう色をひきたてている。
その前に立つだけでなんともいえない清々しい気分になる、良い絵だ。

そしてさらに一歩近づいて見ると、おもしろいことに気付いた。


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 *クリックで拡大*


まだこの時期は点描法にたどりついたものの試行錯誤している時期だったらしく、点描は大きさも形も向きもまちまち、スーラが理想の光を描くためにまだ試行錯誤をくりかえしていた時期であることがよくわかる。スーラといえば均一の点描しか知らなかったわたしにとって、これはユニークな発見だった。

のちに自身の点描法を確立したあとの作品がこれ。イメージビューワで存分にスーラの点描を拡大できるのでくらべてみてほしい。《グランカンの干潮》との違いは一目瞭然だろう。


☆ ちなみに、はじめてスーラの絵の一部に点描にちかい画法が見られたのは1884年に完成した《アニエールの水浴》である。おなじく1884年に制作に着手した、生涯最大の大作であり代表作である《グランド・ジャット島の日曜の午後》では50人ほどの人物を点描で描き出した。それらを考えると、すべてを点描で描いた《グランカンの干潮》はスーラの軌跡をたどる上でも貴重な一枚だと思う。



■ 鈴木常司とクロード・モネ


コレクター鈴木常司の収集プロセスは、大きく三期にわかれているという。
まずは1958年に絵画を2点を購入してから新本社とすべくポーラ五反田ビル着工前、銀座時代の約10年間。次がポーラ五反田ビルが着工された1969年から静岡市制100周年した「静岡駿府博覧会」で作品の一部を公開した、1989年までの約20年間。そして翌1990年から70歳で亡くなる2000年までの約10年間。

モネの作品収集に取りかかったのは、収集が最も盛んで充実した時期である、最後の約10年間のこと。この頃にはすでに美術館での公開を考えていたようで、そのことを意識した体系的な収集が特徴だという。——そうして集められたポーラ美術館が誇るモネコレクション19点。もちろんこの展覧会ですべて見ることができますよん!


    *    *    *


モネのセクションに入ってまず出会うのがこの3点。


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左 クロード・モネ 《セーヌ河の支流からみたアルジャントゥイユ》 1872
中央 クロード・モネ 《貨物列車》 1872
右 クロード・モネ 《グランド・ジャット島》 1878


記念すべき第一回"印象派"展は1874年に開催されたので、《セーヌ河の支流からみたアルジャントゥイユ》と《貨物列車》はそれ以前の作品ということになる。 このへんから揃えてくるあたり、おもしろい。

個人的には連作と知られる《積みわら》や《ルーアン大聖堂》のセレクトの仕方に「鈴木常司」らしさが表れているなあと思った。連作、つまり同じモチーフを時間を変え角度を変え季節を変え、何枚もくり返しそのときの光とともに描かれているわけだが、常司によって選ばれた《積みわら》や《ルーアン大聖堂》は、やはり、より色彩ゆたかでパッと目に飛び込んでくる作品。


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左 クロード・モネ 《ジヴェルニーの冬》 1885
右 クロード・モネ 《ジヴェルニーの積みわら》 1884


それらは他のモネ作品にもいえることで、総じてよく「モネらしい」といわれる夢見る様な色合いの中で輪郭線を失いかけているような、そういう心に映し出されるような印象ではなく、一瞬で心に焼き付てしまったような印象的な作品たちが多かった。他で目にするようなモネとは一線を画してる、そんな感じ。きっとモネの印象がかわるんじゃなかろか。



今回のわたしのモネ作品お気に入りを3つあげると、


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クロード・モネ 《花咲く堤、アルジャントゥイユ》 1877年


百聞は一見にしかず。
奥の空と手前の花たちのコントラストがすばらしく、
こんなに奥行き感のあるモネの絵はそうそうない。
いや、モネだからこそあれだけの光と影を描けたのだろうと納得せざるを得ない一枚。
文句なしのナンバーワン。


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クロード・モネ 《サン=ラザール駅の線路》 1877


これもなかなか目にする機会がすくない類いのモネの絵だと思う。
けどなにを隠そう、わたしは《睡蓮》にはとくに興味がないし、
モネを好きになったのはこういうすぐ向こうにいる人の存在を感じられる作品に出逢ったから。
ポストカードみたく光芸術の一瞬より、日常の中の一コマが好き。
色使いも蒸気の描写も見事です。こういう絵をみると、本当にモネは上手だなぁってわかる。
この絵だって、前に立って耳をすませばいまにも汽車の音が聞こえてきそうで…。

ね、いいでしょう?


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クロード・モネ 《貨物列車》 1872


この絵は上の2点とくらべて、即「好きー!」ってなったわけではないんだけど。
モネはやっぱり移ろいゆく光の一瞬を捉えることに熱心だった画家だから、
当然カンバスに描かれているのは切り取られたわずかな刹那、とまった時間。…のはず。
けれどこの絵はちがう。汽車の蒸気は青から黄色へ変化している。
そこに、時間の経過が描かれている。
それまで時間の経過は、連作として横におなじモチーフの絵を並べることでしか表現できなかったのに。

そこがおもしろいなあと思ったの。


うん、氏のセレクトしたモネはかなり好みだ!!
大満足



■ 鈴木常司、この一枚


本当に「いいな、素敵だな」って感心する絵ばかりなんだけど(とくにモネ。笑)、もしこの展覧会で「鈴木常司の一枚」を選ぶならこの絵になるんだろう。



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ピエール・オーギュスト・ルノワール 《髪かざり》 1888


学芸員さんの話によると、なんでもルノワールが印象派の画家として自己を確立したあと、一度スランプに陥ってギリシャ彫刻の模写をしたり、いろいろと実験的に試行錯誤していた時期があるらしく、これはその頃の作品なんだって。いわれてみると、ルノワールにしては女性のポーズがポーズらしいポーズだというか。あまりこういうルノワールの絵はなくて、貴重なんだそうです。

常司はこの絵が気に入っていて、手に入れたことをごく一部の関係者にしか打ち明けず(所蔵しているのが周囲にわかると、貴重な類いの絵のこと、貸し出し以来などが来てしまうため秘密にしていたそう)、美術館の完成をもって世間にお披露目しようと考え、それまでずっと会長室の机の後ろに飾っていたそうです。おそらく今後もこの絵だけは外に貸し出しをしないのではとおっしゃってました。そんな一枚。



■ 2000年ーー最後のコレクション


観れば観る程、知れば知る程、鈴木常司の美術への並々ならぬ情熱が伝わってくる。
く新しい美術館に《髪かざり》の少女が微笑む光景をどんなに見たかったことだろう。

けれど、その願いはついに叶わず。
2000年11月、鈴木常司 70歳。
ポーラ美術館完成のわずか2年前にこの世を去った。


コレクター鈴木常司「美へのまなざし」展、
最後の章は常司が急逝した2000年に購入された作品が並べられている。


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中央 パブロ・ピカソ 《花束を持つピエロに扮したパウロ》 1929


鈴木常司は、2000年11月に逝去しました。この年に購入された作品は、記録では西洋絵画、日本の洋画、東洋陶磁、彫刻など多岐にわたり、鈴木が最後まで美術品収集に異様的に取り組んでいたことを物語っています。
ピカソの画業をたどることができるよう、鈴木は1930年代のシュルレアリスムの時代の、マリー=テレーズ・ワルテルをモデルとした丸みを帯びた女性像を描いた作品を入手したいと思っていた様ですが、2000年3月、《花束を持つピエロに扮したパウロ》の収集が最後となりました。このころの鈴木は、カンディンスキーやミロの抽象画にも関心を寄せており、美術品収集の新たな展開を想像させますが、残念ながらコレクションは絶たれてしまいました。(説明文より)



ここにとりあげたのは展示のごくごく一部で本当にたのしく見応えがあった展覧会でした。展示の仕方にも学芸員さんたちの工夫も盛りだくさんで、たとえばモネの《睡蓮》と東山魁夷の《朝の静寂》を東西の水面表現の比較をしてみたり、興味深かったです。
なによりここまで充実した濃いコレクションだとは思いもせず。

これから箱根方面に来た時はかならず展示をチェックしたいな。
まだ今回観られなかったコレクションがたくさんあるはずだもの!


こんなにも素晴らしいコレクションを公開してくださって、どうもありがとうございました。




関連リンク
 >> コレクター鈴木常司 「美へまなざし」 - ポーラ美術館
 >> ポーラ美術館 所蔵作品の紹介
 >> 2012年7月28日ポーラ美術館館長・荒屋鋪透による記念講演会「コレクター鈴木常司 美術館の夢」 - Togetter

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