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2012.09.02 [Sun] + Art/Design +
藤田嗣治・乳白色の肌のひみつ

藤田嗣治。
レオナール・フジタ。

もっともフランス人に愛された日本人。
「乳白色の肌」の画家。


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先日見た、NHK「極上美の饗宴 ~藤田嗣治・乳白色の裸婦の秘密」がとても良かったので、番組の内容をなぞりつつ、色々まとめてみる。



    *    *    *



1922年に『寝室の裸婦キキ』がサロン・ドートンヌで発表されるやいなや、人々はそれまで目にしたことのない、そのなめらかでほんのりと黄色味をおびた象牙のような美しい肌の描写にたちまち虜となった。 “grand fond blanc (すばらしき乳白色の肌)!!” 翌朝の新聞はこぞってそのすばらしさを称えた。文字通り、フジタは一晩にして名声を獲得したのである。


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《寝室の裸婦キキ》1922


フジタは生涯その乳白色の肌の秘密について明かすことはなかった。いったいどのようにしてあの光かがやくような肌を描いているのか。それは長年の謎だった。

しかしついにその秘密のすべてが明らかとなる。近年の科学調査によって、絵画を描くときにタルクを使用していたことが判明した。タルクとはベビーパウダーの材料となる素材で、主にテカリをおさえる効果がある。通常、絵を描く作業においてタルクが用いられることはない。現に、晩年のフジタのアトリエからは大量のタルクが発見されていたものの、それは長らく肌の手入れに使っているとばかりに考えられていたのだった。一体フジタはどのようにタルクを使用したのか。


その謎を紐解いていくと、油絵を描く洋画家でありながら、積極的に東洋の伝統的な絵画手法を取り入れ、表現していこうとしたひとりの画家の姿がみえてきた。



私はフランスに、どこまでも日本人として完成すべく努力したい。
私は世界に日本人として生きたいと願う。
それはまた、世界人として日本に生きることにもなるだろうと思う。





■ 裸婦画の肌と理想のカンバス


「フジタの裸婦画は油絵というより日本画にちかい」と研究者はいう。たとえばその肌の描き方。フジタは色を塗るのではなく、浮世絵のようにカンバスの地をそのまま肌にいかすことを思いついた。そのためには、肌のような柔らかな質感を持つカンバスが必要になる。フジタの裸婦画へのとりくみは理想的なカンバスづくりからはじまった。


そこにたどりつくまで、どれほどの試行錯誤をくり返したのだろう。
フジタがカンバス布として選んだのは、シーツとして使われていた繊維の細かい、表面のなめらかな布だった。これは通常用いられる布にくらべてかなり目が細かい。手仕事を愛してやまないフジタは、自らこの布をカンバスに貼り、下地として白色顔料を塗った。

本来ならこれで下地づくりは完成なのだが、フジタはさらに独自のプロセスを加えた。炭酸カルシウムは、オイルで溶くと色が白から黄土色に変化する。これを1:3の割合で白い絵の具に混ぜたものを先ほどの下地にかさねると、カンバスに象牙色のやわらかい質感がでることを発見したのだ。そして最後にカンバスのテカリを抑えるためタルクを塗りこんだ。

こうしてフジタの理想のカンバスはついに完成したのである。



■ 墨の輪郭線


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《自画像》 1929


フジタの乳白色の肌は、面相筆で引かれた黒い極細の輪郭線を持つことでいっそうその美しさを際立たせている。墨で描かれていると考えられている。ふつうの油絵にはなく、フジタ独特のもの。永くなめらかなで途切れることのない線でまるで一筆がきのようである。番組ではフジタの筆さばきのすごさを記録した貴重な動画を紹介していたが、見事のひとことだった。迷いがなく、にじみさえもすべて計算しつくされていて、なにより速い。とにかく速い。専門家たちもその動画をみて唸るしかなかった。この境地にいたるまで、いったいどれほどの訓練を費やしたのだろうか。


その線へのこだわりの一端を垣間見られるものとして、随筆集『地を泳ぐ』からフジタの言葉を引用する。

僕の希望は絵を描く前に、物体と自分と一人になって-直感で描いていく。つまり訂正したり、思考したりした線ではなく、直感から生まれた線の方が的確にして無限に深い。そして観者の心に訴えるところが多いと思う。あるいはあとで全体的に見た場合、誤りがあるかも知れぬ。けれども、感じを正直に捉え、健全なる線がひける。

健全な線の方が病的な線よりも、常に本質的に優れているとは私は言わない。ただその方が正しいとだけは言える。そうして、その方がひねって描くよりも一層高い気持ちが現わされ、また実際に現われもする。ところが、なかには故意に下手そうに描くとか、あるいは子供らしく幼稚に描く人がある。それらは一種の拙稚感を意識した、つまり上手さであるが、そうしたすべての意識や雑念を年頭から去って、ただ無念無想の気持ちで、線の流れ出すままにまかして、最初の一筆からして、その結果を予期しないで描いてゆく。

予期しない結果を生み出すということが一番面白い。ところが、なかには線とは物体の輪廓を描けばよいと思っている画家がある。線とは単に外廓を言うのではなく、物体の核心から探求されべきものである。美術家は物体を深く凝視し、的確の線を捉えなければならない。そのことが分るようになるには、美の真髄を極めるだけの鍛錬を必要とする。

そして、線で出来る建築-線が起こす運動-など不思議な魅力をもって、画面の構成を限りなく変化させ、活躍させ、直線や曲線が入り乱れて、画面のうえで美しく跳躍する。線で物体を描くとき、物をことさら変形して描いたり、アンスピレーションとかデホルメーションとか、ファスペクチュールとか、それか線を大きく加えたり、少なく減らしたり、自在に加減乗除ができる。かくて古今独歩な線は生まれる。その独特な線が出来て初めて他人の意表に出たり、他人の追随を許さないような個性的な深い美は生まれるのである。



実はその輪郭線を引く上でもタルクが重要な役割を果たしている。タルクを塗っていない下地は油性のため、水性の墨ははじかれてしまう。タルクを塗ることで、油絵の上に墨の線を置くことを可能にしたのだ。


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制作中のフジタ1947年頃[土門拳撮影、土門拳記念館蔵]
この写真から、フジタが和光堂のシッカロール(ベビーパウダー)を使用していたことが判明。

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当時のSICCAROL シッカロール/和光堂



    *    *    *



ところで。ネットで「面相筆の中に針を仕込むことにより均一な線を描いていたことも修復により判明した」というような内容をしばしば見かけた(wikiにもそうあるし)。どうやら絵の表面に針でつけられたと思われる小さな溝が発見されたらしく、そこから「フジタは面相筆に針を仕込んで線をかいたんじゃないか」という推測がでたみたい。(実際にそうやって試してみたら、フジタのような線が描けたとかなんとか。。)

けれどわたしはどうかなーって思う。別に針を仕込んでいてもいいんだけど、少なくとも針を仕込まないとあんな均一な線がかけなかったということは絶対にないと思う。番組内でいかにフジタの筆さばきが素晴らしかったかがわかる貴重な動画が紹介されていたんだけど、もうね、それはそれは凄かった。


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↑こんな風に魚を描きはじめたんだけど

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↑この部分とか、傍目には筆をさっと動かしただけなのに一筆がきでこんなの描けちゃうんだよ!一筆がきだよ?!こんな複雑な部分なのに。しかもほんとに一瞬で。とにかく速いの。迷いもないし、強弱やにじみさえ思いのまま。ここまで思うままに筆をつかえるほど鍛錬に鍛錬を重ねたから、前述のような言葉が出てくるんだろう。

そのフジタが均一の線を引くために、キャンバスにわずかでも傷がつくのを承知で面相筆の中に針を仕込んだとは、ねえ。実際に番組では数々のフジタ作品の修復をてがけて、自身もフジタ研究をされている木島さんが『寝室の裸婦キキ』の上半身をフジタの手法で再現しつつ描いていたけど、やっぱり針なんて話は出てこなかった。そしてものすごく輪郭線を引くのが大変そうだった。笑 あんなに細い線をなめらか且つ長く引くためには相当の技が必要なようです…。




■ 光放つ肌の演出


裸婦の乳白色の肌は下地の象牙色がほぼそのままいかされているが、立体感を出すためにフジタは下地の上に極うすい油絵の具を塗っている。その絵の具もなめらかでテカリが見えないため、ここにもタルクが混ざっていると考えられている。

これで乳白色の肌の完成なのだが、フジタはここでさらにもうひと工夫。
より肌をひきたたせるため、シーツ全体に影をつけている。シーツの白に肌が沈まないようにするためだ。また、肌に接する部分だけはあえて下地のまま残し、肌が裸体の方から外にむかって光をはなっているような雰囲気が出る。乳白色の肌をシーツとセットで描くことでいっそうその美しさを印象づけているのだ。


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《眠れる女》 1931

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《眠れる女》 1928


あんな肌の描写は他ではみたことがない。
見ればたちまち虜になってしまうだろう。


皮膚という質の軟らかさ、滑らかさ、そしてカンバスそのものが既に皮膚の味を与えるような質のカンバスを考案することに着手した。第一がマチエール(質)の問題であったが、私が輪囲を面相筆をもって日本の墨汁で油絵の上に細部をもって描いてみた。皮膚の実現、肌そのものの質を描いたのは全く私をもって最初とし、私の裸体画が他の人の裸体画と全く別扱いされたことは世間の大注目をひいた。   ――「腕一本」より




■ フジタの面相筆(オマケ)


あるときルーブル美術館から連絡があったそうです。藤田嗣治の残した筆の中にある「平安堂」は、今もあるのか?

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これが藤田嗣治が愛用した「稀印」。面相筆です。藤田嗣治は油絵に和筆を使うことを好んだとか。あの繊細な輪郭線は、日本の筆で書いたものだったんです。

[酔中夢書2011 - 平安堂]



フジタの愛用していた面相筆を発見!
どうやら平安堂さんの筆はおおくの著名人たちに愛されたようです。


初代岡田久次郎さんは六朝書道にあこがれて、筆を試作し、中村不折に見せたところ、絶賛されて、「龍眠」という名前をいただきました。これが「龍眠」筆。不折以外にも正岡子規、森鴎外、夏目漱石、高浜虚子らが愛用しました。南方熊楠などは平安堂以外の筆は使わず、毎月15〜6を届けたそうです。素朴で書きやすい筆だったのでしょう。昭和まではすごく人気の筆だったそうです。

[酔中夢書2011 - 平安堂]


平安堂さんHPより「平安堂の歴史」を拝見すると、様々な方々と交流されていたことがわかります。もちろんそこにはフジタの名前も。

いつかちゃんとお習字を習いなおしたいんだけど、そのときはぜひ平安堂で書道道具一式を買うんだ…!
いまそう決めた。うふふ。




関連リンク
 >> 藤田嗣治 - wikipedia
 >> 藤田嗣治の肖像 全五回 [西日本新聞社]:2009年に福岡市美術館で開催された「レオナール・フジタ展」にあわせてのコラム
 >> 藤田嗣治: 絵画作品と所蔵美術館 - FishEyeArt
 >> 藤田嗣治(レオナール・フジタ)の作品画像集
 >> 平安堂HP

Tags // 藤田嗣治

| 22:53 | trackback 0* | comment 2* |


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学生時代、平安堂でバイトしたことがあります。正確には書道二十人展付設ショップでのバイト。
墨の中にも微妙な黒を出すために、赤を混ぜこんだものもあるとか、紙の破り継ぎの技法とか、いろいろ教えていただき、お金をいただくのが申し訳ないくらいのバイトでした。
会場の百貨店のいろいろも面白かったし。
質感や線の試行錯誤、藤田自身には鍛錬という意識はなかったんじゃないかしら。
表現したいものがあり、好きで制作している限りにおいては。ただ、そのように制作したくてしているんですよ。

ピカソみたいに、訓練しちゃったうますぎる線から脱却したくて、わざわざ妻にトレースさせたものを使ってみたり、偶然要素を入れたり、ホント、表現にはいろんな事が考えられてます。

2012/12/28 15:40 | メダカとトクサ [ 編集 ]


>メダカとトクサさん

>質感や線の試行錯誤、藤田自身には鍛錬という意識はなかったんじゃないかしら。
>表現したいものがあり、好きで制作している限りにおいては。ただ、そのように制作したくてしているんですよ。

そうなのかもしれません。
ファンとして近づきたくていろいろ頭で考えすぎてしまうのかも。
あのフジタの精緻ながらのびのびとした迷いのない描線をみると、思うままに筆を運んでいたのでしょう。

ピカソの、妻にトレースさせたというエピソードもおもしろいです!
ほんと表現っていろいろですね。
そしてその表現者ゆえの表現への取り組みにわたしは惹かれてやまないんだろうな。

あゝ。

2012/12/31 11:09 | kotomo [ 編集 ]


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