オレンジのR+ //
2012.08.27 [Mon] + Days +
生きているということ

99歳の祖父を見舞う。

前日に熱をだしてひと騒ぎあったとは感じさせないほどの
おだやかな寝顔をみて一安心する。

もうガンの確定診断を受けて何年たっただろう。
90をすぎても身の回りのことは自分ですべてこなし
散歩が好きで足腰もしっかりしていて杖を使うこともなかった。

大病を抱えてなお、
こうして点滴以外のものを一切つけず
規則正しい呼吸をくりかえしている姿に安堵した。



■ 生きるということ


以下は2009年のエントリになる。

 >> オレンジのR+ // 「生きる」ことばの贈りもの
 >> オレンジのR+ // キューブラー・ロスの、死の受容五段階モデル

これらを書いてから度々、その内容について思い返すことがあった。
その最たるは昨年だろう。

東日本大震災。
福島第一原子力発電所事故。

生と死について、
そしてネガティブで到底受け入れがたい現実の受容とプロセスについて、
何度もなんども考えた。
そして、自分の中の手探りながらのこたえと、周りの人々の反応。
マスコミ。
それまでの日常からすべてが一変する中でどこか冷静に観察しつづけていた。

そうしてかつての穏やかさが日々を取り戻したいま、
こどものようにあどけない顔で眠る祖父の傍らで
また想いをめぐらせている。





「生きる」は「朝のリレー」と並ぶ、わたしの好きな谷川俊太郎さんの詩である。

生きているということ

いま生きてるということ

鳥ははばたくということ

海はとどろくということ

かたつむりははうということ



人は愛するということ


あなたの手のぬくみ

いのちということ

[谷川俊太郎 - 生きる(一部抜粋)]



まだ自身の死について想いを馳せることにはほど遠く
ただ自身の死についてむきあう人のそばにいて、
その手で声で愛を伝えよう。



「おじいちゃん、お見舞いにきたよ」

ゆっくりと、おおきな声で話しかける。
そっと手をにぎりながら。




     *    *    *




今回谷川俊太郎さんの「生きる」をご紹介するにあたり、
kizuna311 #07 佐藤浩市「生きる」朗読動画をお借りしました。
そこにこんなコメントが寄せられています。

ミニスカートは、戦争の反対語です。

女性が、自分を大切にできて、おしゃれしたい人はできて、それを­眺める男性もうれしくなれる。そんなとき、必ずその国は平和に違­いない。

華美に着飾ることを肯定はしないけれど、もんぺをはいて、泣いて­暮らさなければならない時代より、ずっといい。

だから、ミニスカートの風景を見るとき、生きていると感じられる­。



わたしもそう思います。
だからこの夏は
ショートパンツでめいっぱい脚をだして過ごすと決めたんだ。




関連リンク
 >> 谷川俊太郎 - 生きる
 >> 震災後にさまざまな人々に希望をつなげる[kizuna311

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