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2012.08.08 [Wed] + コトノハ +
歌のふしぎ

わたしの歌。
わたしというひとりを満たすための歌。

それはふとしたときに口ずさんでいるもののことだった。
前の席の子は、いつも歌をうたってるよねって笑ってたっけ。

中学のときは休み時間や教室移動のときも合唱クラブにはいってた仲良しの子と
おしゃべりか歌をうたっているかわらっているか……
なんて教室の中のことりたちはにぎやかだったこと!

不思議なもので、とくに何を合図したわけでもなく
おなじ歌をおなじタイミングでおなじ高さで歌い出すなんてしょっちゅうで
まわりの友達をよく驚かせたもんだ。


いつだって歌は「うたう」ものだった。
唇にのせ、ふるわせ、のびのびと飛んでいくものだった。
言葉であり、メロディーであり、音であり、呼吸そのものだった。


「歌の不思議たい。歌は英語でエアー、フランス語でエール、イタリア語でアリア、ドイツ語でアーリア、ポルトガル語でアリア、つまり空気のことたい。歌は目に見えない精霊のごたるもんたい。大気をさ迷うていた長崎ぶらぶら節が今、うったちの胸の中に飛び込んできた。これをこんどうったちが吐きだせば、また誰かの胸の中に入り込む。その誰かが吐きだせば、また誰かの胸に忍びこむ。そうやって歌は永遠に空中に漂いつづける。これが歌の不思議でなくてなんであろう」

―――『長崎ぶらぶら節』 なかにし礼



そうしてこの胸のうちにするりともぐりこんだのね。
だからいまこんなにも歌がいとおしいのね。


「歌は、この世とあの世の掛け橋だと先生はおっしゃいましたが、まことにそうですねえ」

愛八は、かつて古賀が言った言葉の意味が今やっと分ったような気がした。

「詩と音楽が一体となったもの、つまり歌は、人間と神との共同の創造物たい」

古賀は、谷のむこうから流れてくる歌声にうっとりと聞き惚れながら言った。

「だから、歌ば歌っている時、人間は一番天に近づく。ああやって歌っている人の魂は、あの歌とともに、空高くパライソの国へ昇っていっているのだろう」

―――『長崎ぶらぶら節』 なかにし礼



いつの間にか歌を口ずさめるほどの
軽やかさを身体はとり戻していた。


昇りつめる分だけの息を、吸って、そして吐いて。




長崎ぶらぶら節長崎ぶらぶら節
(1999/11)
なかにし 礼

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