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2012.07.18 [Wed] + Art/Design +
『ルネサンス 歴史と芸術の物語』

ルネサンス:神や教会を中心とする中世の考え方から脱し、古代ギリシア・ローマの人間中心の考え方を復興する文化運動。その根本精神はヒューマニズム(人文主義・人間主義)である。また、現実主義・個人主義・合理(理性)主義の傾向が見られる。
『ハンドブック世界史の要点整理』<学研>より


かつて、15世紀のイタリア・フィレンツェを中心に、古代ギリシャ・ローマ世界の秩序を規範として古典復興を目指した一大ムーブメントが巻き起こった。ルネサンスである。

知識としては理解しているものの、多くの人にとって「知っているつもりでいるルネサンス」。そのホントとはなにか、それはなぜ始まってなぜ終わったのか、その問いに答えてくれるのがこの一冊である。


ルネサンス 歴史と芸術の物語 (光文社新書)ルネサンス 歴史と芸術の物語 (光文社新書)
(2012/06/15)
池上 英洋

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「ルネサンスとは何か」と尋ねられたのなら。素人なりにではあるが、この時期の作品や天才たちを愛するわたしは、ルネサンスとはおおよそ「よりテーマが人間らしさを帯びてきて現実世界に近づいてきた」「そしてそれらを描くために古代ローマ・ギリシア作品を模倣し積極的にとりいれていった時代」なのだと解釈している。

それらは作品をみれば一目瞭然で、以下に受胎告知の例を挙げてみる。


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ピエトロ・カヴァリーニ <受胎告知>1291年

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フラ・アンジェリコ <受胎告知>1440年

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レオナルド・ダ・ヴィンチ <受胎告知>1472-75年


中世ヨーロッパの絵画といえば、平面的、硬直的であり、描かれている人物も無表情であえてシンボル的に描かれることが常であった。ところが一転、ルネサンス期になると一気に表情も豊かになり感情が生まれ、その身体つきや背景もよりリアルさを増していく。こうして並べてみると、その違いは圧倒的である。

著者である池上先生は、これら「奥行きを創出させようとする意識(空間性)」「人体把握への意識(人体理解)」「感情表現への意識(感情表現)」の三要素こそ、新たに獲得されたルネサンス性なのだ、としている。


・・・
とまあ、この辺りまではぼんやりと理解していたんだけど、おもしろいのは古代モチーフの借用・消化は人物描写のみにとどまらなかったという指摘。

たとえば言わずと知れたブリューゲルの<バビルの塔>。このバビルの塔が描かれる際にはローマのコロッセオがモデルとして用いられた、というのだ。


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ピーテル・ブリューゲル <バビルの塔>1563年

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なるほど、言われてみればもはやそうとしか思えないほど似ている。ルネサンス期にはこのように古代ローマ・ギリシャのモチーフが積極的に各方面で消化されていったという事実は実に興味深い。30へぇ。


    *    *    *


しかしここまではあくまで「ルネサンスとは何か」について触れたにすぎず、これだけでは「なぜ、人間中心の世界観になると古代の文化が復興するのか」「そもそも、なぜ中世的な世界観から脱する流れになったのか」の疑問に答えを見つけることはできない。本書のすごいところは、これら「事象の構造」というべき部分まで抜かりなく、ルネサンス理解に必要な知識を万遍なくしかもわかりやすく解説しているところだろう。願わくばフィレンツェに行く前に出会いたかった。。(いいもん、また行けば。)


さて、これら文化面で起こった新たなうねりがなぜ単なるいちブームではなく、何百年も続く運動として各地で花開いたのだろうか。これを理解するためには当然その運動が起こった時代の背景を知らなくてはならない。

思うに"ルネサンス"が単なる一過性の流行ではなく歴史に刻まれるまでの文化運動となり広まったのは、それを大局まで押し上げる力があり、つまり人々の熱狂があり、言い換えれば人々の待望があったのではないだろうか。はたしてそれはなんだったのか。しぜんとそんな疑問が頭をもたげてくる。


その辺り、ヴェネツィアやフィレンツィエなどにおける経済活動の発展が、中世の君主ら支配階級かと教会による二重の権力統治という社会構造へ徐々に変化をもたらし、ルネサンスの胎動へとつながっていったことが、本書では第一章第二章でくわしく触れられている。ルネサンス抜きにしても、この時代のイタリアを知る上ですごくおもしろかった。

―――誰が、当時の西ヨーロッパの人々が出会った古代ギリシア文化が彼らにとって"全くの新しいもの"ではなく"かつて放棄していた自分たちの文化"であったことなど予想できただろう?




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ピエロ・デッラ・フランチェスカの一派 <理想都市>1470年頃

・・・現在では当たり前の遠近法も、当時は過去に見ないまったく新しいものであり、見た者は「壁にもうひとつ空間が現れた!」とさぞや驚いたに違いない。突如として現れたもう一つの奥行き。・・・まるで昨今の3D映画を初めてみたときの我々の感動とうり二つだったのではないだろうか。そんな想像もまた楽しい。

ciudad-ideal-piero-de-la-franchesca1.jpg

ルネサンス遠近法は画面の奥へ伸びていく線がすべて一点に収束することを特徴とする。「中央一点消失法」「一点透視図法」「線遠近法」などとも呼ばれている。



ところで。すこし話はそれるが、フィレンツィエにあるメディチ家の礼拝堂をご存知だろうか。そう、ルネサンスを語る上で欠かせない存在である、あのメディチ家である。(本書のすごいところは、ルネサンス本でありながら、メディチ家が登場するのは110ページを超えてからというところでもあると思う。笑)

メディチ家の礼拝堂はサン・ロレンツォ教会に背後にひっそりと建てられているのだが、その豪華絢爛さ、贅沢の限りをつくした美しさはまさに筆舌に尽くしがたく。わたしなどはもうひたすらうっとりしてしまって、きっと一日中いても飽きなかったと思う。

そんなメディチ家の礼拝堂にまつわる、こんな話を聞いた。メディチ家の生業といえばいわずと知れた銀行業、つまり利子をつけてお金を貸し付けるわけだが、実はこれ、キリスト教において禁止じられている行為。(「同胞に利子をつけて貸し付けてはならない。(申命記23章20-21節)」)その己の行為の許しを得るため、自分たちのためだけに礼拝堂をつくり、人知れず日々そこで罪の赦しを得ようと神に祈った―――。(宗教芸術へのパトロン活動は贖罪の慈善活動の意味が込められているとも)

・・・ストーリーとしては納得するのだけど、とはいえ実際に厳禁とされている銀行業をおおっぴらにやっていたとは思えず、その辺がなんとも曖昧で気になっていたのだ。

そしたらなんと、この本に書いてあるじゃありませんか!「利子をつけての貸付」という禁を犯すことなく、いかに富を得ていったのか。長年の疑問が解けてスッキリ☆


    *    *    *


もうひとつ興味をそそられたエピソードがある。

ルネサンスが花開くすこし前、プロトルネサンス期の頃、作者が作品にサインを残すようになっていったという事実。つまりそれ以前は無記名であるのが普通で、どんな優れた作品でもその作者は不明だったのだ。作品に自分の名を記す、その意味。それは言い換えれば画家そのものの意識に起こった変化であり、それまでのシンボル的な宗教画を忠実に模倣するだけの役割からのひとりの画家としての自我の目覚めであり、やがてそれらはたんなる表現の創意工夫にとどまらず観るものの目を意識した作品づくりへと変化していったのかな…なんて思いを馳せる。

そうしてイエスには人間らしい苦悩や哀しみの表情を、マリアには母のまなざしを。そんな風にルネサンスの胎動ははじまっていったのかもしれない。


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ラファエロ・サンティ <大公の聖母>1504年


降りてきた人間らしい表情とぬくもり。ああ、だからこの時代の作品が好きなんだ。


    *    *    *


このあと、本書ではこのように栄華をきわめたルネサンス時代がいかにして衰退し終焉へと歩みを進めたのかを綴られてゆく。そこに時代のあっけなさを思う一方で、このルネサンスという時代の流れをあらためて見回したとき、その最盛期にかくも多くの天才たちが現れ、競うように作品を残していったことはまるで運命としかいいようのない奇跡なのでは、とつよく感じた。そこにたしかにひとつの時代のうねりを見た。いっそうこの時代を愛しく思う。


オススメの一冊です。是非。



ルネサンス 歴史と芸術の物語 (光文社新書)ルネサンス 歴史と芸術の物語 (光文社新書)
(2012/06/15)
池上 英洋

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【目次】

第1章 十字軍と金融(地中海の覇者;“第三のパトロン”の登場;金融業の発達)
第2章 古代ローマの理想化(なぜ古代を理想視したのか;プロト・ルネサンス期における美術の変化)
第3章 もう一つの古代(ギリシャ文化の逆流;メディチ家の君臨;古代モチーフの「借用」と「消化」)
第4章 ルネサンス美術の本質(フィレンツェでの開花;空間を創出せよ!;多神教と一神教―ネオ・プラトニズム)
第5章 ルネサンスの終焉(ルネサンスの裏側;共和政の放棄と傭兵制の敗北;イタリアの斜陽とルネサンスの終わり)
第6章 ルネサンスの美術家三十選(フィリッポ・ブルネッレスキ;ドナテッロ ほか)



☆著者の池上先生のツイッターアカウントはこちら:
@hidehiroikegami (池上英洋)



関連リンク
 >> 『ルネサンス 歴史と芸術の物語』 | 弐代目・青い日記帳
 >> シリーズ『美術史家に聞く』第二回:池上英洋先生 | 弐代目・青い日記帳

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| 22:08 | trackback 1* | comment 1* |


<<「聖母の画家」ラファエロとマリアたち | TOP | ギュスターヴ・モロー 《ヴェニス》>>

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ためになりました。

ルネサンスの奥深さに改めて気付かされました。本も面白そうですね。受胎告知など時代の変化が見事に理解できて、楽しかったです。

2012/08/12 17:13 | MUE@ルネサンス美術とは [ 編集 ]


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『ルネサンス 歴史と芸術の物語』
光文社より刊行された池上英洋著『ルネサンス 歴史と芸術の物語』を読んでみました。 『ルネサンス 歴史と芸術の物語』 (光文社新書)池上 英洋 (著) 誰しもが「ルネサンス」と //弐代目・青い日記帳  2012/07/19 09:38

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