オレンジのR+ //
2011.09.29 [Thu] + Art/Design +
世界遺産 ヴェネツィア展 2 《二人の貴婦人》と須賀敦子

 ■ ヴィットーレ・カルパッチョ 《二人の貴婦人》   ※こちらは東京展のみ特別出展となっています。お見逃しなく!


duedameveneziane.jpg

20世紀の中頃、ローマの古物商で発見された作品《潟(ラグーナ)での狩猟》(現在はアメリカのポール・ゲッティ美術館蔵)が、実はこの絵の上部であったことが判明。おそらくは夫婦の部屋に置かれていた家具の両開きの扉の片方だろうと考えられている。いつ頃・何のために二つに切断され、異なるコレクションの道をたどることになったのかは不明である。


  参考: 弐代目・青い日記帳 - ヴィットーレ・カルパッチョ「二人の貴婦人」 《二人の貴婦人》 と《潟(ラグーナ)での狩猟》との合成図アリ


-------- キ --- リ --- ト --- リ --------


自身の悲しみは、ヴェネツィアの悲しみに呼応して、やがて虐げられた人々に対する共感へとつながっていく。そのひとつがユダヤ人街ゲットーであり、また娼婦であった。

エッセイ「ザッテレの河岸で」は、ヴェネツィアの華やかな歴史のうらにかくされた、娼婦たちへの関心から書かれたものである。そのなかで、須賀は、ヴィットーレ・カルパッチョが描いた彼女たちの醸造を市立コッレール博物館に見に出かける。ヴェネツィア派の絵画では、ティントレットやティツィアーノはあまり好みではなかったようだが、カルパッチョのことは「聖ウルスラ伝説」の連作にふれ、その色づかいや、図形化された人々の姿が好きだと書いている。

須賀はその日、目当ての絵の前に立つと、まずそのカルパッチョらしからぬ作風におどろき、つぎに現在ではそれが娼婦ではなく、良家の婦人を描いたものだとされていることを知り、なんとなく腑に落ちない気持ちで博物館をあとにする。…
[芸術新潮 特集須賀敦子が愛したもの]



今回のヴェネツィア展の目玉のひとつ、カルパッチョの《二人の貴婦人》。日本では初公開だという。

わたしがこの作品の存在を知ったのは、須賀敦子さんのエッセイを読んだときだった。ヴェネツィアのもうひとつの顔を知り、次に訪れるときにはぜひこの目でいろいろ見てみようとこころに決めた。

機会はすぐに訪れた。ヴェネツィアで開かれるパーティーに参加するため、一路水の都を目指す。そうして時間を見つけて、私はゲットーの中を歩いた。ただ、歩いた。暗く狭いトンネルをくぐり、大きな門を抜けると、そこには今まで知り得なかったもうひとつのヴェネツィアがあった。


あのとき、コッレール美術館に行かなかったことを今でも後悔している。無理やりでも時間をひねり出すべきだったと。

その絵を一度見てみたかった。その絵の前に立ってみたかった。だからこそ、この展覧会の話を聞き、対面のチャンスに胸をおどらせた。もしかしたら、心のどこかでは、同じように肩すかしを喰らい、踵を返すじぶんを想像していたのかもしれない。


須賀さんは、《二人の貴婦人》を観たときの気持ちをこう綴っている。


…彼女たちの乾いた、虚ろとしかいいようのない表情をみてみると、ロマン派の批評家でなくても、これはコルティジャーネ(kotomo注:高級娼婦のこと)に違いないと思いたくなるのは無理ないのではないか。視線のさだまらない、大きく見ひらかれた目も、あらわにはだけた胸もと、手前の赤い衣裳の女のものだろう、画面左上にだらしなく脱ぎ捨てられた、舞妓のこっぽりの重そうな靴、そして、画面全体が発散している、凄絶なほどの頽廃というか、しどけなさ。

これらをまえにしては、私だって娼婦を描いたものとかたく信じてしまうにちがいない。それとも、乾いた目をしていたのは、男たちにもてはやされた娼婦ではなくて、むしろひとりでは街を歩くこともできなかった良家の女たちだったのか。

しかし、この絵をコルティジャーネの肖像とする説はいまや古い過去のものだと説明書にはあった。大理石の欄干におかれた、たぶんファエンツァ焼きだろう、白黒の網目模様がついた花壷の家紋から、この絵はトレッラ家というヴェネツィアの由緒ある家柄の婦人たちであるということがわかったのだそうである。

彼女らが小さな帽子をかぶっているのも、コレティジャーネではない証拠かも知れない。中世以来、帽子をかぶることをゆるされていたのは、「ちゃんとした女」だけだったはずだから。…
[須賀敦子『地図のない道』]



このあとには、彼女自身による「あえての」反論が続いてゆく。


興味深いのは、《ラグーナ(潟)での狩猟》に関する記述が一切でてこない事、そして絵の中に多数登場する象徴的なモチーフへの言及がなかった事である。前者は単にまだその真実が一般に認知されるレベルではなかったのだろうけれど、後者ははたしてどうだろうか。

《二人の貴婦人》には、婦人の他に多くの動物や事物が登場する。それらはそれぞれに、古来からの象徴的なメッセージを持つものばかりだという。いわく、オレンジとユリは処女性と夫婦愛、犬は夫婦間の忠誠、キジバトは夫婦の絆と結婚の多産、クジャクは多産、オウムは愛する者の名を呼ぶこと、ギンバイカは婚姻関係、といった具合に。

これらモチーフが持つ意味を作品全体としてとらえると、睦まじい夫婦愛を歌っているのだと捉えるのが自然だろう。しかし、それは高級娼婦という解釈とはいささか相性が悪そうである。


そういう見方をしたかったんではないだろうかーーーーいじわるな考えが頭をよぎり、あわてて振り払う。そうじゃない。きっと。

切り離された上半分があるとは知らず、ましてそれが対になっているとは夢にも思わず、あの不自然で視線の置所のない構図の絵をみて感ずるぼんやりとした落ち着きのなさを、描かれた対象が身に纏う『しどけなさ』によるものだと解釈したとしても不思議はない。

彼女を失望させたものの正体はわからない。けれど、たった一枚の板の中では「視線のさだまらない、大きく見ひらかれていた目」も、その視線の先にもう一枚分の描かれた世界があったのだとしたら、途端に焦点を結び、貴婦人らの表情をもいきいきと輝かせて見せるのかもしれない。


すべては想像にすぎないけれど。


願わくば、いつか2つの扉が揃う日がきて
二人の貴婦人が見つめる先をながめてみたい。



3へつづく。



関連リンク
 >> 魅惑の芸術‐千年の都 世界遺産ヴェネツィア展公式ページ


// no tags

| 12:10 | trackback 1* | comment 0* |


<<世界遺産 ヴェネツィア展 3 ピエトロ・ロンギと仮面の人物 | TOP | 世界遺産 ヴェネツィア展 1>>

comment











管理人のみ閲覧OK


trackback

trackback_url
http://labellavitaet.blog40.fc2.com/tb.php/1448-b0d8a517

ヴィットーレ・カルパッチョ「二人の貴婦人」
ヴェネツィア市立美術館群のひとつコッレール美術館(サンマルコ広場美術館群)より、ヴェネツィア派の画家ヴィットーレ・カルパッチョ(Vittore Carpaccio, 1455年頃 - 1525年頃)が描いた不思議な名品がこの秋、日本に初来日します。 ヴィットーレ・カルパッチョ《... //弐代目・青い日記帳  2011/09/30 21:42

| TOP |


05 ≪│2017/06│≫ 07
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -



Author:kotomo

【twitter】 _kotomo
【tumblr】 kotomo note*モバイル版


  *   *   *


             >> more?
track feed track feed ??????????

kotomo < > Reload

全タイトルを表示