オレンジのR+ //
2009.06.01 [Mon] + Days +
ピサの大聖堂の記憶と目覚め

あの日の記憶と匂い。かみしめる様に目を閉じた。



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初めてピサの大聖堂の中に入ったときのこと。「わぁ・・・!」という言葉ともため息とも区別がつかない声をあげたことを昨日のことのように覚えている。しばらく上を見上げたあと、ぐるりと中を一周して、それから今度は椅子に腰をかけて天井を見上げた。綺麗だった。荘厳で圧倒的だった。教会を見て単に「きれい」だけではなく、ほぉっと見惚れるということを初めて経験したのはここだと記憶している。



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それまで美しい教会とは美しい教会を建てるべくしてできた産物なのだと思っていた。つまりこの世に【美しい図書館】や【美しい美術館】や【美しい劇場】や【美しい庭園】があるように、【美しい教会】というひとつのプロトタイプなるものがあって、それが時代や流行に手直しされてそこに存在しているのではないかと漠然と捉えていたように思う。けれどこの大聖堂に足を踏み入れたとき、何かが私の胸をするどく突いた。ああここは祈りのための場なんだと、初めて教会という建物――――いち建築物としてではなく、それが内包する空間というものを明確に意識した瞬間だった。



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絶えず内面へと働きかける感性の響き・癒し。揺さぶり。こころの琴線に触れるのではなく、かき乱されるような狂おしさと慕情。私の中にある何かがたしかにこの空間と共鳴し始める。



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芸術とは、美術とは音楽とは建築とは、そもそも宗教の信仰と一体をなすものだという。ならばこの精神の高揚も納得できよう。今までロンドン・パリ・イタリアの各都市を訪れて大聖堂や美術館、歴史的建造物を見ていた。けれどここに訪れて初めて自分の中で【西洋芸術】の意味が腹に落ちてくるのを感じた。一方で新たな疑問が沸いてくる。かの天才芸術家たちは信仰心と表現の狭間でどのようにアプローチしていったのだろうか。―――もっと知りたい。理解したい。想いに触れたい。肌で感動を味わいたい。知的好奇心が胸のなかを独占してゆく。


そんな、18歳の夏の終わりの記憶。



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あのときから10年たった28歳の今、再びこの大聖堂の前にやって来た。

扉を開ける前の一瞬、ためらいが生じたのは、『あの感動はまだ西洋芸術に不慣れであるが故の錯覚だったらどうしよう』という思いが拭いきれなかったから。なんだ、この程度のものだったのかと思ってしまうことが怖かった。



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扉を開けると、変わらず神々しい光を放つ大聖堂の姿があった。うっとりと眺めつづけたあの日の天井があった。そこには星など自然モチーフがふんだんに用いられている。シナゴークを連想させるような、他ではなかなかお目にかからないデザイン。輝く黄金色と大理石のモザイクが何とも言えず美しい。無論、たんに装飾の美しさだけなら、負けず劣らず素晴らしい教会を今までにたくさん見てきた。けれど。

「やっぱりここ好きだなあ」。そうつぶやいた。



私の西洋芸術への興味の原点となった場所。10年たった今、ひとつの区切りとして大きな意味を持つ旅の途中に訪れることができて良かった。もしかしたら、それさえも織り込み済みの運命なのだと笑うのだろうか。


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