オレンジのR+ //
2009.04.28 [Tue] + コトノハ +
死を分かち合う存在

ときどき死について考えることがある。人生を生きるとは、生と死に向き合うことでもあるからだ。
新しい家族をつくるのは、今いる家族を失う悲しみや苦しみを乗り越えるためでもあるというのは本当だろうか。


一つ、

身内の死は、自分がその故人の年齢を越えたとき、よりいっそう実感するもんだ。


一つ、

「どんな兄弟だろうと、例え憎しみあってもう長いこと連絡すら取っていない兄弟だろうと、親の死の痛みを同じように感じて受け止めるのは兄弟しかいないし、互いに慰めあわなくてもいい、それでもそんな風に自分と同じ感情を共有できる人間がこの世に一人でもいることが、どれだけ心をなぐさめてくれることか、、
これは経験した者にしかわからないことなんだよ」


徳光さんの逢わせ屋だったっけな。

ある理由から縁を切って以降、長い間消息不明だった兄。最近になって風の頼りで兄の噂を聞くようになったのだが、いまだに兄のことを許せないでいる自分。しかし高齢の親が伏した病床で兄の行方を気にしだした今、周囲のすすめる通り兄を探し出すべきなのだろうか。

そう迷う相談者に、徳光さんが掛けた言葉。

許す必要も連絡を取る必要もない。ただ何かのときに知らせる連絡先は手に入れておいた方がいい。それにどんなにダメな兄弟だろうとね、・・・。


ガーンと頭を殴られたような衝撃を受けた。たしかに経験した人からしか出てこない言葉であり、発想だと思った。そして同じく身近な人を亡くした経験があるという他のパネリストたちが一様に深く頷いていたのにもショックを受けた。



そうなのか。
そういうもんなのか。


今だに死というものがわからない。
解りたくもない。
けれどきっと本能は知っているのだ。
頭ん中でだってわかってるよ。

| 21:56 | trackback 0* | comment 0* |


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