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2009.04.02 [Thu] + Days +
知らない顔

いまだに見つめられると恥ずかしくて逃げたくなる。
泣き顔なんて以ての外。

それでもその時
頬に息がかかるほどの距離にいながら
隠すそぶりを見せなかったのは
たしかにこれは愛に似ていると思ったからだ。


京子は鏡台の手鏡を取り出して、よく晴れた空をうつしてみた。また、自分の顔を手鏡のなかにながめた。奇怪なことを発見した。自分の顔は鏡に写してでなければ見えない。自分の顔だけは自分に見えないのだ。鏡にうつる顔を、目でじかに見る自分の顔であるかのように信じて、毎日いじくっている。神は人間を自分の顔が自分で見えないようにつくったのに、どういう意味があるのだろうかと、京子はしばらく考えこんでいた。

「自分の顔が見えたら、気でも狂うのかしら。なんにも出来なくなるのかしら。」

しかし、おそらく人間自身が自分の顔の見えないような形に進化して来たのだろう。とんぼやかまきりなどは自分で自分の顔が見えるのかもしれないと京子は思った。

最も自分のものである自分の顔は、どうやら他人に見せるためのものであるらしかった。それは愛に似ているだろうか。

「川端康成集 新潮日本文学15」(1968年) - 水月(すいげつ)



涙こぼれるときも 笑顔のときも
結局わたしには自分の顔が見えないし
いまどんな顔をしてるのかさえわからない。

にもかかわらず
顔が気持ちを表情にのせ雄弁に語り出すのは
この、目の前にいるひとに見せるためなのだと
妙に納得した。

顔は、目は、嘘をつかない。つけない。
うまく言葉にできない不器用さは
素直に顔を見せることで補いたかった。


そうして
じっと顔を見つめ続けたひとだけが知るわたしの顔について
わたしはなにも知らないけれど
見つめ返したわたしだけが知っている顔は
とてもおだやかで優しかった。




それで十分。

Tags // LOVE論

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