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2008.12.17 [Wed] + 伝統/異文化理解 +
伝説の美人芸妓「富田屋八千代」

時は明治、大阪の富田屋に「八千代」という芸妓がいた。
容姿の美しさはもとより、秀でた遊芸とその気品や人柄の良さから一世を風靡し、
日本で一番プロマイドを売り上げた、日本三名妓の一人である。

彼女にねぎらいの言葉をかけられれば松下幸之助の顔はまっ赤になり、
なんども面会を申し込み、五時間も待たされたあげくついに対面を果たした人気漫画家岡本一平(岡本太郎の実父)でさえ、八千代の第一印象について後にこう語っている。


「二重にくびれゐる二重瞼(まぶた)は微紅を帯び、あたかも春花の柔らかく、また温かく、睫毛(まつげ)にそふて香りかかり、乱れかかり・・・描く能(あた)はず」


彼女にまつわる話を聞けば聞くほど、
なんて賢くて人間的魅力にあふれたべっぴんさんなのだろうと感心させられることばかり。



で。

なんとその八千代姉さんが写っている動画を発見してもた!!
ちょおおおおおおおおおおレアではなかろかと�A�b�v���[�h�t�@�C��

この当時、八千代18歳。

The Geisha 100 years ago "YACHIYO" 1904



A Star Geisha 100 years ago.
TONDAYA-YACHIYO(1887-1924)Osak a.Japan


どんなに金を積まれても身請け話に首を縦に振ることなく、
望めばどんな金持ちや名士の奥方にもなれたであろう八千代がついに選んだ男とは
当時はまだしがない無名画家の菅楯彦だった。


  大阪日日新聞「なにわ人物伝」
   d 楯彦・八千代
   d 楯彦・八千代(2)
   d 楯彦・八千代(3)


八千代との結婚で世間の注目を集めた楯彦は持ち前の才能をいかんなく発揮し、
すぐに名実ともに人気画家の地位へと上りつめた。
八千代もまたそんな夫を内助の功で支え続けたのである。
かくもすばらしき夫婦愛かな。 、、



人生万事、塞翁が馬。

たしかに大阪を誰よりも愛していた楯彦ではあったが、
後に名誉市民第一号となるとは、このとき誰が予想できただろうか。

ましてこの美しい男女のつつましくも揺るぎない愛の日々が
たった七年ではかなく散りゆく運命にあることなど。



関連リンク
 >> 明治の絵葉書美人「富田屋八千代」

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