オレンジのR+ //
2008.12.03 [Wed] + Art/Design +
日本そば界の天才と、たった一人の男の偉業 #1

誉れ高き老舗蕎麦屋「竹やぶ」
いまは無き恵比寿に店舗を構えていたときから、その名を何度も聞いていた。
まさか、あの竹やぶだったなんて。
柏、六本木、箱根に店舗展開しているが、柏の本店が最も評判がよいという。

うん。
確かにおいしかったー!
しかもだりんこがおみやげにかりんとう買ってくれたしs
←つくづく餌付け攻撃に弱い女


   *    *    *    *


バルセロナを訪れたことのある人間なら、竹やぶに着いてまっさきに脳裏に浮かぶのは
天才ガウディの「カサ・バトリョ」や「グエル公園」ではないかと思う。

独特の曲線や色づかい、自然モチーフ――とりわけ水を重視する姿勢――や表現方法は
ガウディ作品から得たインスピレーションを基に製作されたように思えてならなかった。

思いがけずバルセロナでの日々を偲ばせるものに出会い、こみあげる懐かしさとともに、日本のそばの歴史を変えたと言われている竹やぶの主人・阿部孝雄氏―― 20歳の時に池之端藪蕎麦で修行し、なんと22歳にして柏駅前に「竹やぶ」を開店、全国のうまい蕎麦を食べ歩き、すべて独学でこの名店の味をつくりあげたというから驚きだ――がガウディというもう一人の天才のセンスにほれ込んだのかと思うとなんだか妙に嬉しくて。


もっとも、竹やぶのレビューを読むと、その老舗蕎麦屋のイメージから大きくかけ離れたたたずまいにとまどいを感じる人は多いようで、好ましくいえば「前衛的」、中には「あまり趣味がよろしくない」という感想もちらほら目にした。


そっか。
私はむしろその世界観をよくもまあ上手に和の中へ取り込んだものだと感心しきりだったけどなあ。
まぁ感想はひとそれぞれ、店にとって何より大切なのは味に対する評価なのだから。


さして気にするわけもなく、竹やぶのホームページを開いてみたところ、少々面食う羽目になる。
「-阿部考雄の世界-」と名づけられたページに、以下のような文章が綴られていたからだ。

■ 蕎麦「竹やぶ」 -阿部考雄の世界-
 
[...] 千葉の柏に本店を置く「竹やぶ」は、手賀沼を一望する小高い丘の上にある。竹林の涼に抱かれたその不思議な空間は、どこか隠れ里の風情を漂わせ、訪れる人を清閑な世界へと誘っている。
そこは、「竹やぶ」の主、阿部孝雄が辿ってきた蕎麦との対峙の場であり、人生の想い出が刻まれた、まさに手作りの”庵“である。
フランスのオートリーブという村にあるシェバルの城をモチーフにしたという古瓦を葺き、割れた皿やビー玉を埋め込んだアプローチや店の内装にいたるまで意匠のおもしろさが感じられる。 
日本各地の旨いそばを訪ね歩き、また世界を旅してきた主の心には、もはや料理にもその店造りにも国境は無く、飄然として世俗にこだわらない自由奔放な生き方の一端を垣間見ることができる。[...]



驚いたのは、インスピレーションの源がガウディではなかったからではなく、フランスだということ。実際、あの建物に関して具体的なイメージを抱くひとは皆一様に『スペイン』を挙げていたし。それに、『シェバルの城』にも聞き覚えがなかった。


・・・シェバルの城?シェバルって誰じゃい??
ぐうぐる先生にお伺いたてても、延々竹やぶの文章を引用したブログしか出てこない。
他で試してみても、めぼしい情報が見当たらないのだ。


む。
情報収集・分析はおいらのスタンダードドメインだっつーの!ヽ(`Д´)ノxxx
今度はフランス語から当たりをつけていき、すぐに目当てのページへとたどり着いた。


・・・ああなるほど。見つからないわけだ。
表記が違うし、これじゃ揺れの範疇から外されても仕方がない。

あれだけの名店のこと、老舗蕎麦屋とはかけ離れた外装に興味をもち、そのモチーフとなった『シェバルの城』を探そうと多くの人が試みたことだろう。
けれど多分ほとんどの人は見つけることができず、そのまま諦めてしまったかもしれない。
なんてもったいない話なの!


というわけで、れいでぃーすえんどじぇんとるめーんs
「竹やぶ」のご主人、阿部孝雄氏がモチーフにしたという『フランスのオートリーブという村にあるシェバルの城』とは、おそらくフランス南部の片田舎・オートリーブにあるシュヴァルの理想宮(Palais id?al du facteur Cheval)のことである。


絵文字名を入力してください シュヴァルの理想宮とは

1879年、フランス南部の片田舎であるドローム県オートリーブにおいて郵便配達夫であるフェルディナン・シュヴァルは、ソロバン玉が重なったような奇妙な形をした石につまづいた。その石から何らかのインスピレーションを得たシュヴァルは、以降、配達の途上石に目をつけ、仕事が終わると石を拾いにいき、自宅の庭先に積み上げるという行為を続ける。村の住人たちから馬鹿者呼ばわりされ、上司である郵便局長からも行動を問いただされたものの、シュヴァルはその趣味に情熱を燃やすのをやめることはなかった。
それから33年の月日を費やし、1912年、ついに宮殿の建設が終了した。
現在、フランス政府により国の重要建造物に指定され、修復も行われている。


絵文字名を入力してください 郵便配達夫シュヴァルについて

シュヴァルはしがない田舎の郵便配達夫であり、石工、建築の知識はなんら持ち合わせていなかった。 徒歩で配達をしながら(当時、車や自転車は存在せず、もっぱら徒歩での移動が主であった)、時折、配達物の中に見られる絵葉書から、外国に思いを馳せていたという。

  d 1836年、オートリーブの南。ロマンとオートリーブのほぼ中間に位置する小さな村シャルムで生まれる。
  d 1864年、長男の誕生を機に、オートリーヴに戻る。
  d 1867年、郵便配達夫に就任。
  d 1879年、石につまずく。理想宮の建設開始。
  d 1896年、郵便配達夫を退職。
  d 1924年8月19日、永眠。88歳。


[参照:フェルディナン・シュヴァル , シュヴァルの理想宮 on wikipedia]




すげえええええええええええええ(驚愕)Σ!!(´□`;)




どうしたらごくごく簡略化した個人年譜に


「1879年、石につまずく。理想宮の建設開始。」←


こんな一行が加わるような人生を歩むこと(もとい歩む決心)ができるのだろう。


後世に名を残すほどの偉業を成し遂げる人物というのは、大概偏屈者で、変わり者で、妙に頑固でこだわりが強く、愛想を振りまくのが不得手というのが常であり、どこまでを職人気質と呼ぶかは微妙なところ。けどまぁその中でも一、二位をあらそう変わり者であるのは間違いなさそう。笑
たとえどんなに強固な意志を持ち合わせていようと、拾った石で自分の城を完成させられる人なんてそうそういるはずがないもの。


で、その理想宮というのがアップロードファイル



Palais_Ideal.jpg
Palais_Ideal_10.jpg
Palais_Ideal_13.jpg
Palais_Ideal_5.jpg
Palais_Ideal_12.jpg
Palais_Ideal_16.jpg


  → もっと見ル? [image source]


もーね、見ればわかるように何がなんだかわかんない。
つまり見ても何がなんだかわからないってことがわかっていただけたかと。笑


Le journal d'Akyaさんが理想宮を訪れたときの記事を読んでみても、
なんかいろいろおかしいんですわ。

このおじさんかなり強引である。
「洞窟」はわずか5cmほどの平らな凹み。
「ヒンズー教寺院」と「スイスの山小屋」と
「ホワイトハウス」と「アルジェの四角い家」。
想像してみて下さい。
何となくでも違うタイプの建物が浮かんでくる事でしょう。
ホワイトハウスは有名ですし。
が、このおじさん、やってくれます。
目の前に広がるのは想像を裏切ってくれる建物たち。

極めつけは「ローマの壷」と「ガリアの壷」。
違いはありません。土台にそう書かれてるから判断がつきます。
もういいです。はい、その通りでございます。
エジプト風の墓と古代ローマ風の墓もその通りにしかもう見えません。

ひとまず笑いの波が引いて冷静に見てみると、
シュバルさんの才能の豊かさを改めて感じる。
このお墓は2階建てで上にも登る事が出来る。
どこにいっても手が抜かれている箇所が無い。
シュバルさんの情熱が全て注ぎ込まれているのが痛いほど分かる。
お墓の内部に回廊があってそれぞれ小さな部屋になっていて、
暗くて見えない所にまで飾りがしてある。
一つ一つ細かく見るとシュバルさんのいろんな文化を混ぜた
想像力の豊かさがとくと感じる事が出来る。
3人の巨人も洋風埴輪という感じでユーモラスだった。

ダヴィンチよりも、ピカソよりも、凄い作品に、
男に出会ったように思う。
ああ、来て本当に良かった。
身体の芯から感動が奮い起こる。



文章がわかりやすくてすごくイメージがふくらむんだけれど、
そのふくらんだシュヴァル氏の世界観に噴きだしてしまう。

でも、一見ハチャメチャなように思えて、実は様々な文化の集合体になっているようです。
あらゆるデザイン様式が随所に見られるかと思えば、各宗教のモチーフや偉人たちが並んでいたり。
やや強引なこじつけもあるようですが、笑
シュヴァル氏にとって、「理想宮の創造」=自分を中心として成り立つ、ありとあらゆる世界――精神世界や物理的世界を含む――の再構築に他ならないのかな・・・と感じました。

もっとも、何が一番すごいかって、シュヴァル氏の知る世界とは仕事である郵便配達担当地区・徒歩三十キロ圏内だけであり、理想宮のすべては絵葉書の写真や本からの知識、そしてありあまる彼の想像力だけで創り上げられたという事実ではないかと、、hu

この作品は建築分野において、現代でも高い評価をうけています。



" TRAVAIL D'UN SEUL HOMME "


理想宮の中には、多くのシュヴァル氏の言葉が刻まれていて、
これは入り口付近に記されたもの。


たった一人の男の偉業、と訳されています。

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