オレンジのR+ //
--.--.-- [--] + スポンサー広告 +
スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


// no tags

| --:-- |


2008.08.29 [Fri] + 伝統/異文化理解 +
日本文化と世界遺産条約

再びレーシックを受けたクリニックへ。
といっても、本日は付き添い役ナリ

順番を待つ間、持ってきた雑誌『Casa BRUTUS』の世界遺産特集を一緒にながめつつ
あそこは良かった、今度ここに行きたいなどと盛り上がる。
この頃じゃ日本の世界遺産にも興味津々なのだ!

ところで、雑誌を読んで初めて知った驚きの事実。
世界遺産登録する為にはまず国がユネスコと世界遺産条約を結ばなければならないんだけど
条約が1972年に制定されたのに対し、日本が締結したのは先進国の中では最も遅い1992年。
125番目の加盟国なのだ。(2008年現在の条約締約国は185か国)

これにはかなりびっくり!!
遅っっ!!






でも、もちろんそれにはちゃんと理由があるんだよ

条約を締結しなった理由は?

これだけ遅くなったのは世界遺産の基準の一つ、「ヴェネツィア憲章」が理由の一つでした。「遺跡は廃墟として保存すべき」であり、復元や再建は元の姿をゆがめるとされたのです。
日本の遺跡には木造建築が多く、石造りの建物のように原型を長くとどめることは稀です。そこで日本は「厳密な学術的研究による復元も遺産の保存と見成ることができる」という見解を提出。世界遺産委員会に認められ、条約を締結することになりました。
[月刊 Casa BRUTUS vol.87]


つまりそれまでは災害・老朽化などによって倒壊した建物は大規模な修復を行って復元したところでもはや遺跡とは呼べない(倒壊前とはもう別の物である)、とされていたのです。
日本の寺社に受け継がれる式年遷宮【一定年限で社殿を造り替えること】に至っては論外なわけであって。

日本の寺社建築は世界文化遺産の登録方針の見直しを実現させる上で、重要な役割を果たしてきた。かつては建造当時の建材類が当初のまま遺っていることが登録の条件となっていた。後世の改変・追加がない点が重視されがちだった。木造建築に比べ、保存に手間があまりかからない、欧州の石造建築物を意識したような条件だった。当時の発想を厳密に適用すると、式年遷宮のある伊勢神宮は世界遺産の登録条件を満たさない。

しかし、日本の寺社が守ってきた式年遷宮や、宮大工の高度な技法を駆使した修繕・改築が関係者の努力のおかげで海外の専門家にも伝わった結果、日本の木造建築の保存・築造技術があらためて文化として高く評価されるに至った。日本以外にもこうした技法や風習が残ることも登録を審査する側に理解され、今では世界遺産の登録に当たって、後世の手直しを受けない「オーセンティシティー(正統性)」は絶対的な条件となっていない。
[式年遷宮の伊勢神宮に参る 20年ぶりの好機]


こうして大型台風上陸の度に倒壊を免れない厳島神社も、
21年に一度、式年遷宮が行われる下鴨神社も、
無事に世界遺産として登録することができたわけですなあ。




まだまだ知らないことがいっぱいある。
未知の扉をあける瞬間のワクワクは、この先も続いてゆく。

| 17:38 | trackback 0* | comment 0* |


<<「ル・コルビュジエの建築と都市計画」及び東京初の世界遺産 | TOP | チキンの骨から恐竜をつくろう!>>

comment











管理人のみ閲覧OK


trackback

trackback_url
http://labellavitaet.blog40.fc2.com/tb.php/1076-80d77428

| TOP |


09 ≪│2017/10│≫ 11
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31 - - - -



Author:kotomo

【twitter】 _kotomo
【tumblr】 kotomo note*モバイル版


  *   *   *


             >> more?
track feed track feed ??????????

kotomo < > Reload

全タイトルを表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。