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2013.10.20 [Sun] + Music +
雨の日にグールドを

外は雨、あめ、雨。ここぞとばかりに正々堂々と部屋に引きこもることにして過ごす日曜の午後に、ふと友人からプレゼントされたピアノアルバムを聴こうと思い立つ。


Glenn Gould Plays Bach: Goldberg VariatiGlenn Gould Plays Bach: Goldberg Variati
(2012/08/28)
Glenn Gould

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グールドによる、1955年と1981年に録音された『ゴールドベルク変奏曲』の聴き比べ。雨の気配はピアノの音色をあまくする』とは勝手な持論である。それは音色の響きが雨によって変わるのか、雨に濡れて湿り気を帯びたこころにがそう感じされるのかはわからないけれど、わたしにはそうなのだ。





どうして、どうして、おなじ曲をおなじピアニストが演奏して、こんなにも異なる響きを持つのか。そのもたらされる感動の違いについて追求するのは野暮というもので、ソファーにだらしなく身をゆだねたまま聴いていた。ああ至福。


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| 16:05 | trackback 0* | comment 0* |


2013.10.16 [Wed] + Days +
Tea break

慌ただしくなってきたときほど、一杯のあたたかいお茶が恋しくなる。
溢れる薫りを胸いっぱい吸い込んで、吐き出す。

いつのまにやら深呼吸。


叩くキーボードに熱を奪われて冷えていた指先にぬくもりが戻り
こわばっていた何かがやわらかくほぐれてゆく。




Tea is drunk to forget the din of the world.
- Tien Yiheng


世界の雑音をわすれるためにお茶を飲む。





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| 16:42 | trackback 0* | comment 0* |


2013.10.12 [Sat] + Art/Design +
「横山大観展ー良き師、良き友」@横浜美術館

「空気を描く工夫はないか」

生涯の師である岡倉天心からの問いかけが、横山大観を新しい日本画表現の模索へと向かわせた。大観は菱田春草と西洋画の手法を研究しはじめ、やがて線描を排し、明確な筆墨と淡彩のぼかしによる大気表現へとたどり着く。その画法は、当時日本画を東洋絵画たらしめる前提と認識されていた墨線を否定したことで画壇の守旧派から猛烈な批判を浴び、非難と揶揄も込めて【朦朧体(もうろうたい)】と呼ばれた。






正直にいおう、わたしは横山大観という、近代日本画壇の巨匠についてなにも知らなかった。どんな作品を描き、代表作はなにか、頭をひねってみてととんと浮かんでこない。せっかくの夜間特別鑑賞会という絶好の機会にめぐりあえたのにこれではあまりにも巨匠に対して失礼だろうと、横浜美術館にむかう電車の中で横山大観という人物についてスマホで調べてざっと目を通していたとき、興味をひいたのは【朦朧体】という言葉だった。

新たな表現の模索。輪郭を持たない、あいまいな表現。色彩へのとりくみ。

光を描くことに注力し、当初は世の中に受け入れられず皮肉をこめて「印象派」と呼ばれた人々と重なった。これまでにも印象派を好んで見てきた身として、自然と朦朧体への興味がわいてくる。

まだ、想像はつかない。




空気を描くとは、輪郭線に捉えきれないものの存在を描くということなのか。その絵の前に立ち、最初に浮かんだのはそんな感想だった。印象派が光を色をつかって「描きだした」としたら、朦朧体とはそこに「含ませて描いた」のかなと。

たとえば雨あがりの匂い。しっとりと濡れた風。たちこめた霧。雲。もや。

肌に触れる湿り気とか、描かれているのはそんなもの。


1001taikan24.jpg
横山大観《瀑布四題》


そこに色彩や光の明暗やにじみが加わって、一気に画面の空間が広がっていく。

《雨後》には虹という大気現象まで描かれている。こういう虹の登場はとても珍しい気がして、しばしば見入ってしまった。


1001taikan10.jpg
左:横山大観《柳下舟行》 右:横山大観《雨後》


今回の大観展には(写真を撮り忘れてしまったが)朦朧体の代表作のひとつといわれる《菜の花》も来ているので忘れずにチェックしておきたい。こちらは個人が所有しているため、なかなかお目にかかる機会のない代物である。淡く茫洋とした画面に蝶々を飛ばすことで、どこまでも広がる奥行きと幻想的な雰囲気を獲得している。




| 14:34 | trackback 0* | comment 0* |


2013.10.06 [Sun] + Days +
ワインの形容表現

先日、美味しい天ぷらを食べにいきまして。
おなかも満たされ、帰りしな軽く一杯ワインでもと立ち飲みバーに寄ったところ、
「本日のグラスの赤はこちらになります」とドドンと目の前に並ぶ3本のボトル。
こちら左から若めのボルドー系のカベルネソービニオンでうんたらかんたら〜〜と順に説明され、連れも「うーん、これは〜〜」とかいってるんだけど、品種だけ言われてもごめんおねーさんよくわからないや。。
そこで素直に「あまりワインにくわしくないので、わかりやすくこの3本をそれぞれ形容詞で表してみてもらえます?」とリクエストしてみる。

すると店員さん「形容詞ですね!わかりました!……えっとこれはまず……」と1本を手に取り、満面の笑みで「好きです!」

いきなり動詞きたこれ。

「えっ」
「"僕はこれが好きです"!」
「ええと……形容詞……」
「ああ、形容詞ですね!んー、んー、、……オイシイ。コレ、トテモオイシ。ボクスキ」

なぜいきなりの片言。ていうかそれむしろ感想j

「ほんとにこれ美味しいですからっ!」
「……じゃあそれで!」

そこまでおにーさんが惚れ込んでるのなら、もうこのワインしかないでしょう!と。
連れもおなじものをと頼み、おにーさんよっぽどうれしかったのか、サービスしますねとニコニコでたっぷりグラスについでくれました。
おにーさんのオススメどおり、薫り良く美味しいワインでした。
おにーさんどうもありがとう。



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