オレンジのR+ //
--.--.-- [--] + スポンサー広告 +
スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


// no tags

| --:-- |


2013.01.30 [Wed] + Days +
猫の舌

何となく猫に御飯をやるのが癖になつて、お膳で食べ残した魚の頭や骨は、猫にやればいいと思ふようになつた。子猫の方でも段段に馴れて来て、あまり私共の方を警戒しなくなつた様だが、いつも同じ所に御馳走が出てゐる事を親猫も知り、他の野良猫も知り、近所の亜米利加人が飼つてゐる子犬も嗅ぎつけてやつて来て、すぐにわさび漬けの桶が空つぽになり出した。だから先づ彼を呼び、その上で御飯を出してやると云ふ事にした。

ーー内田百閒『ノラや』



猫の好物といったらまず魚を思い浮かべる人が大半ではないだろうか。

元来猫は肉食であり、ネズミや小鳥などを主食とする生き物である。にも関わらず魚を好む(として知られている)のは、日本が海を身近とする国であり、そのおこぼれにあずかることで必然的に魚を主食にしてきたからだろう。仔猫時代に食したものは大人になっても好むとも聞く。とすれば、一方のアメリカでは猫缶といえばチキンが主材料で魚は稀、というのも頷ける話であり、オーストラリアの猫缶にはカンガルーの肉があるとか、インドでは猫の好物はカレーというのが定説だというのも納得する。

つまりは、舌に慣れ親しんだものが自分にとっての好物となるという話であり。


この甘やかされた猫舌の末路。

スポンサーサイト

// no tags

| 11:24 | trackback 0* | comment 0* |


2013.01.22 [Tue] + Art/Design +
エル・グレコ展@東京都美術館

エル・グレコ El Greco
1541-1614 | スペイン(ギリシャ) | マニエリスム


イタリア(ヴェネツィア・ローマ等)やスペインで活躍したマニエリスム最後にして最大の画家。出生はギリシャ クレタ島。そこでビザンティン様式を取得した後、イタリアに渡り約10年間、ティツィアーノなどのヴェネツィア派の色彩やミケランジェロの量体表現、パルミジャニーノなどマニエリスムの先駆者の作品から、引き伸ばされた人体比率を学ぶ。イタリア滞在時は報酬などでの金銭トラブルが絶えず、生活ができないほど貧しい暮らしを強いられた。1576年頃スペインへ渡り宮廷画家を志すが、エル・グレコ自身の独自性となり始めていた奇抜な構図と非現実的な色彩が、当時絶対的な権力者であったフェリペ二世の不興を招いた。その結果、宮廷画家への道は閉ざされるが、宗教関係者や知識人からは圧倒的な支持を得た。以後、逞しい肉体の表現から、人体の長身化が顕著になり、形態は流動性を帯びていった。

[Salvastyle.comより]



当時、エル・グレコはまず優れた肖像画家としてみなされていたという事実は少なからずわたしを驚かせた。
この展覧会はそんな彼の肖像画の紹介からはじまっていく。

エル・グレコの肖像画の特徴とは、描かれた人物の現在の似姿、つまり代用物として成立せしめた点にあるのだという。
肖像は目線を合わせること、身振り、そしてわれわれの目線の高さに配置されることにより確立される物理的・心理的距離の近さを通じて、観る者とコミュニケーションを交わし、実在の人物のようにそこに現れるのだ、と。


el_greco_paravicino.jpg
エル・グレコ 《修道士オルテンシオ・フェリス・パラビシーノの肖像》 1611


なるほど、通常の肖像画に比べて余分な背景スペースがカットされ、人物がぐっと前面にでてきている。
絵の前に立つと、まるで目の前にいるかのような親近感を覚える。

手が、ひざが、近いのだ。
こちらに目線をむけ、耳を傾けているのがよくわかる。

しかし、単にそれだけではない。
あたかもそこにいるかのように、ということはつまり鑑賞者の前にその人物が存在し、その人物は鑑賞者を見つめているということで……


el_greco_selfportrait.jpg
エル・グレコ 《芸術家の自画像》 1595


とても視線がやさしいのだ。
友を迎えるときとおなじようにこちらをじっと見つめ返してくれる。


それは《ディエゴ・デ・コバルービアスの肖像》の比較をみると明らかだ。


el_greco_immaculate_conceotion3.jpg
右 アロンソ ・サンチェス・コエーリョ 《ディエゴ・デ・コバルービアスの肖像》 1572-73
左 エル・グレコ 《ディエゴ・デ・コバルービアスの肖像》 1586-1600

(2点は並べて展示されています)


このエル・グレコの作品は、モデルであるディエゴの死後、アロンソ・サンチェス・コエーリョの作品を参考にして描いたもの。
エル・グレコは生前のディエゴに面識がなかったというが、どちらの人物により感情や息遣いを感じられるだろうか。

比較展示を前に立つと、いっそうエル・グレコの描く肖像画の魅力が見えてくる。


greco-covarrubios-and-coello-2.jpg


またエル・グレコは聖人や聖女ーー「見えるもの」だけでなく「見えないもの」たちさえ、日常から切り離すことなく描いていった。


el_greco_saint_paul.jpg
エル・グレコ 《聖パウロ》 1585

el_greco_saint_mary.jpg
エル・グレコ 《悔悛するマグダラのマリア》 1576


そのやさしく潤んだ瞳。
鑑賞者との近しい距離。


エル・グレコの肖像画でいちばん印象に残ったこと。




// no tags

| 17:54 | trackback 0* | comment 0* |


2013.01.15 [Tue] + Days +
デウス・エクス・マキナ

年が明けてもう半月、やっと気が付いたことがある。
ほんとはずっと確かめることをさけてきただけなんだけど。

何度も何度もたしかめて、そうだと確信が持てた途端にふとこわくなった。

これはどういうことなんだろう。
それに込められた意味なんて当の本人にしかわからないんだもの。
そんなもの最初からないのかもしれない。
よろこんでいいのかさえもわからず戸惑っている。


だってわたしはうれしかったから。


あゝ神様、
機械仕掛けの神様、
このこんがらがった状況をやさしくほどいてくださいませ。




// no tags

| 23:05 | trackback 0* | comment 0* |


2013.01.11 [Fri] + Days +
神社コロッケ

もうひとつお正月話。


「そういえば、神社コロッケ食べてみたいな」


それは神社コロッケを買いに行こうかというわたしからの提案だったんだけれど、母はわらって「じゃあ神社コロッケつくってみる?」。
手作りこんにゃくといい、うちの母のこういうところが好き。
見習おう。



jinja_coro0.jpg



■ 神社コロッケ


さて、神社コロッケとは。
その存在を知ったのは少し前のこと。




ちなみに




なぜか昔から。笑


じんじゃコロッケとは?

昭和25年ごろ、戦後貧しい子どもたちのために何かできないと考えた内山宗次朗はコロッケを考案しました。
伊勢崎神社前で販売していたそのコロッケは大人気。いつしか買いにくる子どもたちに『じんじゃコロッケ』と呼ばれ、親しまれていったのです。
以後40年間愛されてきたじんじゃコロッケでしたが、屋台売りのおじさんが亡くなり、その製法と味は一度幻になってしまいます…。
その味がついに復活。世代を越えて、今新しいファンが続々増えています。

jinkorophoto1.jpg

[じんじゃ(神社)コロッケ本店HPより]



へえ。
初耳だなあ。
もちろん食べたこともなし。

そう母に返信したところ、














そんな会話をしたのを覚えていて、冒頭のセリフとなったのです。



// no tags

| 13:07 | trackback 0* | comment 0* |


| TOP | next >>


12 ≪│2013/01│≫ 02
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -



Author:kotomo

【twitter】 _kotomo
【tumblr】 kotomo note*モバイル版


  *   *   *


             >> more?
track feed track feed ??????????

kotomo < > Reload

全タイトルを表示

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。