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2012.11.27 [Tue] + Music +
秋を飾る詩(うた)

公園で一心に木の実をひろうちいさな背中をみている内に
知らずこんな歌を口ずさんでいた。





この曲はビゼーによる歌劇「美しきパースの娘」の中の『セレナード』に手をくわえたもので、歌詞は海野洋司が1969年に作成した「草原の秋」と題する詩が元になっている。
長男が生まれたのを記念して書かれた詩で、作成されてから「小さな木の実」として書きなおされるまでずっと海野氏の引き出しの中に入れられたままとなっていた。


人はいつかこの世から去る……私も。それがいつになるかは
天のみが知ることだが、私がいなくても、しっかりと生きて
くれるのだろうか……そんな子になってくれるのだろうか。
どうか、たとえひとりぼっちになっても、希望を持って、
この素晴らしい世界を強く生きていって欲しい。




「草原の秋」にはそんな想いがこめられている。
うん、つたわってくるよね。


Richard Lewis - Bizet - The Fair Maid of Perth - Serenade



椎名林檎嬢も歌っているんだね。





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2012.11.26 [Mon] + Days +
好きと嫌い

どうして「嫌い」を自分の中から消し去ろうとしたら
あたかも自分の考え方そのものまでなくなってしまったように感じのか。
「好き」だけあつめても自分はできそうなのに。
(過去記事:どの程度

たとえば初対面の相手に自分をみせるとき
圧倒的に「嫌い」より自分の「好き」を語るでしょう?
なんで「好き」だけじゃだめなんだろう。

たぶん、
「好き」は自分の中身で
「好き」のかたまりは自分という存在そのものだけど
「嫌い」は自分と世界との境界線なんだよね。


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| 16:33 | trackback 0* | comment 2* |


2012.11.23 [Fri] + Art/Design +
ベルナルド・べロットと景観画

図録放出会 vol.2にいってきました。
スタッフとしてはたらきつつ、合間にちゃっかり図録をゲット!


 『モネ展 1994』
 『パリ/マルモッタン美術館展 2004』
 『第62回式年遷宮記念特別展 伊勢神宮と神々の美術 2009』
 『山種美術館所蔵 桜 さくら SAKURA 名品画集 2012』
 『香り かぐわかしき名宝展 2011』


ふふ、なかなか良いモノを見つけたでしょ?
(実はル・ドゥーテもあったんだけど、まさかの購入ミス!持っていた図録を買ってしまった。。わざわざ何年版のものかチェックしたのにー)



この中の一冊、『ドレスデンの宝物 THE TRETURE OF DRESDEN』は図録じゃなくて、日本人向けのガイド小冊子だったみたい。


dresden_Bernardo_Bellotto1.jpg


たくさんの図録の山の中から偶然見つけて「うわードレスデンなつかしいなあ」と表紙をめくったら、飛び込んできたこの一枚。


dresden_Bernardo_Bellotto.jpg


思わず「あっ!」と声をあげてしまった。



じつは今年のはじめにこんなツイートをしていたんだけど、

そういえば、ドレスデン美術館ですごく惹かれた絵があって、思い返すとそれはデルフトの眺望に似ていたんだ(と記憶しているけど曖昧)。あれは誰のなんていう絵だったんだろう。水面に反射する光の描写がそれはそれは繊細で美しかったんだ。


この絵のことだったの!思いがけない再会に迷わず即購入。


ぎゅう、と力づよく抱きしめた。



| 23:44 | trackback 0* | comment 0* |


2012.11.20 [Tue] + Days +
どの程度

ネット上で話題になっている騒動をながめていたら、ある精神科医の話を思い出した。いわく、ふつうとそうではないとされるものとの境界線はどこにあるのか。

たとえばトイレから出るたびに手を洗うのはふつうだけれど、トイレから出るたびに30分も手を洗いつづけるのはふつうではない。寝る前に戸締りを確認するのはふつうだけど、寝る前に戸締りを30回くり返さないと安心できないのはふつうではない。つまりふつうとそうじゃないものとは隔離されたものじゃなく、ふつうの延長上にあるのだと…その回数や頻度、つまりその "程度" が問題なのだと、そんな話だったと思う。


いつだったか、ささいなことにも心を乱しがちになっていた頃、こりゃまずいと理性的にふるまおうとしたわたしは、まず意識的にマイナスな感情を遠ざけようとしたーーこれは常に意識していることなんだけど、そのときは微妙なコントロールが効かず、マイナスな感情そのものを押し殺そうとした。つまりはなにかに腹を立てる自分を責め、よわさに泣く自分を責め、否定的な考え方を責め、自分に落ち度があるのだと責め。わけもわからず向けられる悪意にも耳をかたむけて受け入れ、とりあえず肯定してみた。すべての落とし所を自分の中に設けて納得という形で黙殺しようと試みたわけだ。

結果、自分の考え方というものが立ち消えてしまった。周囲の意見に振り回されるようになってしまった。そして心底疲れてしまった。

だから、それらをやめたのだ。



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