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2017.04.02 [Sun] + Art/Design +
山種コレクション名品選Ⅳ『日本画の教科書 東京編』

山種美術館で開催中の【開館50周年記念特別展】山種コレクション名品選Ⅳ『日本画の教科書 東京編』に行ってきました。その感動が冷めないうちに、特に印象的だったものを挙げていこうと思います。



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今回出品の作品は、すべて山種美術館所蔵となります。


注:会場内の画像は主催者の許可を得て撮影しています。



■ 第1章 近代の東京画壇


明治時代に入り、西洋文化の影響が押し寄せてくる中、画家たちは日本画のあり様を模索していきます。東京美術学校では、岡倉天心の指導のもと、横山大観、菱田春草、下村観山らが伝統的な古典絵画を土台にしつつ、西洋画に対抗しうる新たな日本画の表現の研究を重ねていきました。

そんな中、大観や春草らがたどり着いたのは、輪郭線を描かずぼかしによって大気や光、水の表現を試みる、いわゆる朦朧体です。



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菱田春草 「月四題」《春》部分 1909-10


夜にまぎれて個々の輪郭線を失ってゆく桜。春特有の曖昧さをまとう朧月。当時の評論家たちからは酷評された朦朧体ですが、その見事な描写は、春の夜のしっとりとした空気までありありと伝えてくれます。花の白い輝きは、月明かりに照らされたからでしょうか、それともいままさに咲かんとする花の力強さの表れなのでしょうか。


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菱田春草 「月四題」《秋》 部分 1909-10


たわわに実をつける葡萄の瑞瑞しさとパリッとした秋の月。さきほどの《春》と比べると、その空気感はまったく異なります。絶妙な葉の濃淡も美しく、その葉の陰影がまた、月の明るさを教えてくれるのです。




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下村観山《老松白藤》1921


『枕草子』の「めでたきもの(=素晴らしいもの)」にある「色合ひ深く、花房長く咲きたる藤の花、松にかかりたる」という一節が思い出されました。

大胆に切り取られた、画面いっぱいはみ出さんばかりに枝を伸ばす松。対照的に、絡む藤は優雅で繊細に描かれています。古来、松は男性、藤は女性の象徴として古典や日本画にしばしば登場します。とすれば、この《老松白藤》は、長年連れ添い、慈しみあう老夫婦といったところでしょうか。お互いがお互いに寄り添う様な安定感がここち良い。



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速水御舟 「昆虫二題」《粧蛾舞戯》1926

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速水御舟 「昆虫二題」《葉蔭魔手》1926


自在に飛び回る蛾と待ちつづける蜘蛛。静と動。照らす朱の光と巣の静かなきらめき。見るほどに対照的なこの二作は、当時からそれぞれ陰と陽を表しているといわれていました。

しかしながら《粧蛾舞戯》をずっと見ていると、天をかけのぼるように無邪気に舞遊ぶ蛾たちと思えていたのが一転、それらは妖しい光に魅入られひきよせられていく姿のようにも感じられてくるのです。さながら身を焦がすことになるとも知らず誘蛾灯に飛びこむ虫たちのように。不思議。

なんだかとても想像をかきたてられる一枚だったな。



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荒木十畝「四季花鳥」1917
《春(華陰鳥語)》《夏(玉樹芳艸)》《秋(林梢文錦)》《冬(山澗雪霽)》


琳派を連想させるような画面構成と、圧倒的な華やかさ、鮮やかでいきいきとした賑わい。とても好きな作品です。

そのいきいきとした賑わいとは、言うなれば、"これは描かれたのではなく、実は壁の向こうにこのような光景が広がっていて、自分はたんに四角い枠から覗き込んでいるだけなのだ"と思えるほどで。うーん、あの体感をうまく言葉にできない自分がもどかしい。



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横山大観《心神》1952


雲海を突き抜けてそそり立つ富士の姿。強い意思さえ感じられるその佇まい。墨と、わずかに金泥のみを使って描かれているのにも関わらず、見る者にこれだけの鋭い印象を与えるのはさすがです。

ときに、なぜタイトルが《心神》なのか。答えは大観のことばの中にありました。

古い本に富士を「心神」とよんでいる。心神とは魂のことだが、私の富士観といったものも、つまりはこの言葉に言いつくされている。…富士を描くということは、富士にうつる自分の心を描くことだ。心とは、ひっきょう人格にほかならぬ。それはまた気品であり、気はくである。富士を描くということは、つまり己を描くことである。
ーーー「私の富士観」朝日新聞1954年5月6日(キャプションより)


生涯にわたり1500点もの富士の絵を描き続けた大観ですが、このことばは実に"らしい"なと。


ここで、この作品にまつわる興味深いエピソードを一つ。

創立者である初代館長の山崎種二氏は、戦前・戦後を通して同時代の画家たちを支援し、直接交流をはかりながらコレクションを築いていきました。そんな中で、大観の「世の中のためになることをやったらどうか」という言葉が後押しとなり、美術館開設へとつながったというのです。そして、大観は大事に自身の手元に置いていたこの絵を、「美術館をつくるのであれば譲りましょう」とも。

つまり山種美術館にとって、《心神》ははじまりとも言える特別な作品なんですね。




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2016.09.10 [Sat] + Art/Design +
「驚きの明治工藝」展

東京藝術大学大学美術館で開催されている「驚きの明治工藝」の特別内覧会に参加してきました。その感想をまとめてみます。


明治時代、あらゆる分野で写実的な表現の追求がなされ、職人たちは競うように技巧を凝らした作品たちを生み出しました。それらは主に輸出を目的につくられ、実際に海外で高い評価を得るのですが、それゆえ日本でその卓越した技術が広く知られることはなかったのです。ーーー

振り返ってみると、たしかに明治時代の工芸品てあまり見たことがない気がする。どんな作品に出会えるかとワクワクしながら会場へ。



まず入り口で出迎えてくれたのは体長3メートルにもなる、圧倒的な存在感を放つ龍。これ、自在置物なんです。これが見たかった。


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 《自在龍》宗義


自在置物:
鉄や銅などで、龍、蛇、伊勢海老やカマキリ蝶、トンボなどの昆虫を写実的に作り、しかもその動物が本来的に持っている胴や手足などを動かせる機能までをも再現した置物。


戦乱も落ち着いてきた江戸の中頃から鎧兜の需要が減り、職を失いかけた甲冑師たちが技術伝承と収入確保のため、その卓越した技術を応用し自在に動く置物を制作するようになったのがはじまりといわれています。
各パーツを細かく独立させて作り、それらを組みあわせることで、胴体や関節の曲げ伸ばしなどの自由な動きを可能にしているのです。


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 《自在伊勢海老》明珍清春


伊勢海老は触覚を前後に屈伸させたり、腹部を内側に折り曲げることができ、


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 《自在鷹》板尾新次郎


鷹は羽ばたいたり羽を休めたり。


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 《自在烏》明珍宗春


羽のつくりこみが本当に美しい。
好きなんですよね。うっとりと眺めてしまう。



実際に自在蛇を動かしてみると……

*音がでます



自在蛇にょろニョロ。いや、その「にょろニョロ」できることがすごいんですが。
とても鉄でできているようには見えません…!



もちろんすごいのは自在置物だけではなく。
たとえば、一度彫ったらやり直しがきかない木彫はそれゆえ作り手の力量を如実に反映してしまうもの。だからこそ伝わる技の凄さ。


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 《亀合子》為隆

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 《髑髏に蛇》亮之


骨、歯、蛇。ーーーおなじ木なのに彫りだけでここまで異なる質感をリアルに表現できるものなのかと。


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 《柄杓蛙》宮本理三郎

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 《春日 竹に蜥蜴》宮本理三郎


これらもすべて木彫作品。蛙も蜥蜴も木、どう見ても竹だけれど木。笑
そっくりなだけではなく、生きているぬくもりまで感じられるようです。


中にはあまりのリアルさゆえ、なにでできているか外観からは想像もつかないものもありました。


それぞれ何でできているかわかりますか?


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 《竹筒煙管筒》橋本市蔵


こちらは紙に漆を塗ったもの。
この節の具合といい、どうして紙でここまでつくれるのか……などと考えるのは愚の骨頂、素直に驚いておくのが正解でしょう。


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 《塩鮭》加納鉄哉


この塩鮭は手に取らない限り絶対に作り物だとはわからないはず。
どこからどう見ても塩鮭そのものですが、その素材はなんと牛角!
この展覧会のNo.1騙サレルヨロコビはきっとこの塩鮭だと思います。ただ楽しい。


作品をみて精緻さに驚き、その材質を見て二度驚き。次は何が出てくるのかとワクワクしました。つくる職人の、手に取った人をどう驚かせてやろうとかいういたづら心すら感じられるようで。



ほかにも多岐にわたる技巧の数々。


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 《背負籠香炉》海野勝珉


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 《秋草鶏図花瓶》涛川惣助


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 《薩摩焼送子観音花瓶》藪明山


高さ約12センチほどの小さな花瓶にこれだけの細やかな描き込み…。
過ぎ行く人の足を止めていました。


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 《魚五趣根付》藻泉


わずか3.8×1.5センチの小さな世界。いわばチロルチョコをひとまわり大きくした程度のサイズ感。そこにお魚がてんこもり。
なんとなく食品サンプルが思い出されて、日本人はむかしからこういうものが好きだったのかななんて思ったり。




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2013.10.12 [Sat] + Art/Design +
「横山大観展ー良き師、良き友」@横浜美術館

「空気を描く工夫はないか」

生涯の師である岡倉天心からの問いかけが、横山大観を新しい日本画表現の模索へと向かわせた。大観は菱田春草と西洋画の手法を研究しはじめ、やがて線描を排し、明確な筆墨と淡彩のぼかしによる大気表現へとたどり着く。その画法は、当時日本画を東洋絵画たらしめる前提と認識されていた墨線を否定したことで画壇の守旧派から猛烈な批判を浴び、非難と揶揄も込めて【朦朧体(もうろうたい)】と呼ばれた。






正直にいおう、わたしは横山大観という、近代日本画壇の巨匠についてなにも知らなかった。どんな作品を描き、代表作はなにか、頭をひねってみてととんと浮かんでこない。せっかくの夜間特別鑑賞会という絶好の機会にめぐりあえたのにこれではあまりにも巨匠に対して失礼だろうと、横浜美術館にむかう電車の中で横山大観という人物についてスマホで調べてざっと目を通していたとき、興味をひいたのは【朦朧体】という言葉だった。

新たな表現の模索。輪郭を持たない、あいまいな表現。色彩へのとりくみ。

光を描くことに注力し、当初は世の中に受け入れられず皮肉をこめて「印象派」と呼ばれた人々と重なった。これまでにも印象派を好んで見てきた身として、自然と朦朧体への興味がわいてくる。

まだ、想像はつかない。




空気を描くとは、輪郭線に捉えきれないものの存在を描くということなのか。その絵の前に立ち、最初に浮かんだのはそんな感想だった。印象派が光を色をつかって「描きだした」としたら、朦朧体とはそこに「含ませて描いた」のかなと。

たとえば雨あがりの匂い。しっとりと濡れた風。たちこめた霧。雲。もや。

肌に触れる湿り気とか、描かれているのはそんなもの。


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横山大観《瀑布四題》


そこに色彩や光の明暗やにじみが加わって、一気に画面の空間が広がっていく。

《雨後》には虹という大気現象まで描かれている。こういう虹の登場はとても珍しい気がして、しばしば見入ってしまった。


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左:横山大観《柳下舟行》 右:横山大観《雨後》


今回の大観展には(写真を撮り忘れてしまったが)朦朧体の代表作のひとつといわれる《菜の花》も来ているので忘れずにチェックしておきたい。こちらは個人が所有しているため、なかなかお目にかかる機会のない代物である。淡く茫洋とした画面に蝶々を飛ばすことで、どこまでも広がる奥行きと幻想的な雰囲気を獲得している。




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2013.03.18 [Mon] + Art/Design +
夜のルーベンスに逢いに

先日Bunkamuraザ・ミュージアムで開催されたルーベンス展『ブロガー・スペシャルナイト』へ。
閉館後の会場を貸し切る贅沢。まずはルーベンスの描く世界を堪能する。


1827年の4月のある昼下がり、老人と若者が1枚の絵を眺めていた。老人に問われるままに、若者は描かれた情景について語り始める。「いちばん奥には、たいへん明るい空が見えます。陽が沈んだばかりのようです。同じく遥か彼方に村と町がひとつずつ、夕映えのなかで輝いています。画面のまん中に道があって、羊の群れが村へと急いでいます。右手には干草の山が並び、今しがた干草を満載した荷車があります。その脇では、馬具をつけたままの馬が草を喰み、そばの繁みの中でもあちこちで子馬をつれた母馬が草を食べています。このまま夜も外にいるのでしょう。さらに手前には大木がかたまって生えており、最前景左手には、家路をたどる農民たちがいます」

すると老人は、画中の光の向きについてさらに問い掛ける。このソクラテス風の誘導により、若者は、前景の農民たちとその向こうの木立とが相反する側から照らされているという、自然にはあり得ない状況が起こっていることに気付く。そこで老人は、芸術の自律性を自然の必然性に優先させることにより、かえって現実の自然よりも自然らしく美しい自然を画中に現前させているところに、この絵の作者ルーベンスの偉大さを指摘するのである。老人に傾倒し、自然について、人間について、そして芸術について、彼が日々親しく語りかけてくれる言葉を忠実に書き留めるのを喜びとしていた若者、すなわちエッカーマンは、この対話の一部始終も記録に留めた。そこでわれわれは、晩年のゲーテのルーベンス評と、それに託して披瀝された彼自身の芸術観を知ることができるわけである。


 ――エッカーマン『ゲーテとの対話』第3部、1827年4月18日



《アッシジの聖フランチェスコ》の前に立ちながら、そんな話を思い出していた。


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ペーテル・パウル・ルーベンス(工房)
《アッシジの聖フランチェスコ》 1630年代中頃


その背景は一面の空に覆われ、しかも地平線に近づくほど明るく、けれど朝焼けや夕焼けの類とは思えずなんだかこの世の空ではないかのよう。だからこそ空の青さが不思議と目立つ。足元に寄り添う羊。腕の組まれた胸元に差す光もまたなにかの暗示なのだろうか。
宗教画的に細部まで描き込まれた絵が多い中、そのシンプルさと漂う日常的な非日常的背景の絵に自然と目がとまった。


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ペーテル・パウル・ルーベンス
《復活のキリスト》 1616


その《アッシジの聖フランチェスコ》となりにあったのが、《復活のキリスト》だった。《復活のキリスト》はこのルーベンス展につけられたキャッチコピーを思わせた。「バロックの真髄」。真髄を語れるほどバロックについて知識が深いわけではないんだが、以前のリヒテンシュタイン展で感じ取った「バロックとはなんぞや」というところでの、もっともバロックらしいと感じられた一枚だ。過去記事:バロック美術とは~リヒテンシュタイン展よりバロックの理解を引用すると、


>>>>>>>> ココカラ >>>>>>>


■ バロック美術とは


バロック美術:
16世紀末から18世紀にかけ欧州全域に見られた様式。ルネサンス美術が左右対称や均衡を重視するのに対して、流動的、対角線構図、曲線的、コントラストのはっきりした構図などが特徴で、それらは力強い生命感やダイナミックな躍動感、劇的な感情表現や臨場感を生みだしている。



図録にあるバロック美術の解説がわかりやすくて良かったな。ミケランジェロとベルニーニによる《ダヴィデ像》の比較。ルネサンスとしてミケランジェロを、バロックとしてベルニーニを。


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ミケランジェロ作《ダヴィデ像》

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ベルニーニ作《ダヴィデ像》


おなじダヴィデであって、静的で直線的なミケランジェロの《ダヴィデ像》と、身体をひねることでうまれる躍動感、斜めのラインや曲線、"瞬間"感や表情のあるベルニーニの《ダヴィデ像》。全然ちがうよね。バロック的表現とは何なのかつかみやすい。


ちなみに、わたしの中では「バロックとは襞である」ってイメージです。

バロック絵画における流動感と複雑さは襞によって生み出されるもの。相反する要素は襞のように折り重なり、交わりながら調和していく。たとえば絵画における光と影であっても、直線では分離することなく、互いの領域は交じりあい、微妙な曲線とグラデーションとなって描かれたり。

あるいは人の感覚に直接的に訴えかけてくる豪華な装飾や錯視効果を襞のようだと直感的に捉えてもいい。描かれる劇的感情表現とはこころの襞のあり様だし、ぶつかり合うふたつの力によって生じるねじれや歪みは襞ともなれる。つまり、そういうことではないかと。


<<<<<<< ココマデ <<<<<<<


ブロガーナイトの講演会場は贅沢にもこの二枚の絵を背にしていた。時間になるまで椅子に座りながらゆっくりとその二枚を堪能した。


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※展覧会場内の撮影は主催者の許可を得ています



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