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2011.10.12 [Wed] + ツブヤク。 +
ギュスターヴ・モロー 《ヴェニス》

モローが描いたサン・マルコのライオン。


gustave-moreau-venice.jpg
 ギュスターヴ・モロー 《ヴェニス》 1885 水彩


ひたすら美しい。
水彩ならではみずみずしさと、モローの幻想的な作風が相まって
限りなく透明に近いブルーに溺れてしまいそうだ。



海は空に恋をした

だけど遠すぎる距離ゆえに
叶うはずもなく

ならばせめて色だけでもと
その体を青に染めたのだ




昔 どこかで目にした一小節。



そこに、描かれていない空と海の蒼さを
想像しつつ目をとじる。




Fall in blue.




| 15:00 | trackback 0* | comment 4* |


2011.10.11 [Tue] + Art/Design +
世界遺産 ヴェネツィア展 3 ピエトロ・ロンギと仮面の人物

さて、会場も半ばを過ぎた頃、多くの仮面をつけた人物が登場する、なんとも奇妙でおもしろい作品群と出会うだろう。それらの多くははたったひとりの画家の絵描く風俗風刺を積極的に取り入れ模倣していったものに過ぎない。当時、その啓蒙的な視点による風俗画としての世界観はヴェネツィアのみならず当時の欧州の中でも特筆に値する。ーーーピエトロ・ロンギである。


■ ピエトロ・ロンギ Pietro Longhi
18世紀ヴェネツィアで活躍した風俗画家。ヴェネツィアを中心とする当時の貴族社会や生活、労働者たちを鋭い観察眼で見つめ、優雅で穏やかな描写の中に軽妙な風刺を織り交ぜながら風俗画として表現。画業の初期には宗教画や歴史画、大規模な装飾画なども手がけていたが、1735年頃から風俗画も手がけだし、1740年代初頭には小画面構成による独自の風俗画様式を確立した。
[Salvastyle > ピエトロ・ロンギ]




■ ヴェネツィアの仮面(マスケラ)

ヴェネツィアに仮面といったら、世界三大カーニバルのひとつ、ヴェネツィアのカーニバル!このカーニバルは「謝肉祭」と訳されるもので、復活祭前の一週間に行われる断食期間「四旬節」の前に催されたもの。カソリックの世界では広く知られた行事だった。

しかしことヴェネツィアにおいて、いつしか人々は仮面とマントで素性を隠すようになり、身分や貧富の差を超えたお祭り騒ぎの風習へと化していく。やがて人々はカーニバル以外の祭りや、賭博場と社交場を兼ねた《リドット》、はては年がら年中遊びに行くときには仮面をつけるようになっていった。


Pietro_Longhi_Perfume_Seller.jpg
《香水売り》 1756
ヴェネツィアの仮面と聞いて連想される、豪華な刺繍や装飾が施された仮面はあくまでも祝祭の仮装用。日常では作品中の人物がつけている二種類の仮面、顔の上半分を隠す白い仮面《バウタ》と顔の真ん中に小さくつける黒い仮面《モレッタ》が用いられていた。



ーーーと、ここまでが一般的なヴェネツィアの仮面に関する知識。
しかし、ここでさらに一歩踏み込むと、また知られざるヴェネツィアのもうひとつの顔が見えてくる。





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| 18:09 | trackback 2* | comment 0* |


2011.09.29 [Thu] + Art/Design +
世界遺産 ヴェネツィア展 2 《二人の貴婦人》と須賀敦子

 ■ ヴィットーレ・カルパッチョ 《二人の貴婦人》   ※こちらは東京展のみ特別出展となっています。お見逃しなく!


duedameveneziane.jpg

20世紀の中頃、ローマの古物商で発見された作品《潟(ラグーナ)での狩猟》(現在はアメリカのポール・ゲッティ美術館蔵)が、実はこの絵の上部であったことが判明。おそらくは夫婦の部屋に置かれていた家具の両開きの扉の片方だろうと考えられている。いつ頃・何のために二つに切断され、異なるコレクションの道をたどることになったのかは不明である。


  参考: 弐代目・青い日記帳 - ヴィットーレ・カルパッチョ「二人の貴婦人」 《二人の貴婦人》 と《潟(ラグーナ)での狩猟》との合成図アリ


-------- キ --- リ --- ト --- リ --------


自身の悲しみは、ヴェネツィアの悲しみに呼応して、やがて虐げられた人々に対する共感へとつながっていく。そのひとつがユダヤ人街ゲットーであり、また娼婦であった。

エッセイ「ザッテレの河岸で」は、ヴェネツィアの華やかな歴史のうらにかくされた、娼婦たちへの関心から書かれたものである。そのなかで、須賀は、ヴィットーレ・カルパッチョが描いた彼女たちの醸造を市立コッレール博物館に見に出かける。ヴェネツィア派の絵画では、ティントレットやティツィアーノはあまり好みではなかったようだが、カルパッチョのことは「聖ウルスラ伝説」の連作にふれ、その色づかいや、図形化された人々の姿が好きだと書いている。

須賀はその日、目当ての絵の前に立つと、まずそのカルパッチョらしからぬ作風におどろき、つぎに現在ではそれが娼婦ではなく、良家の婦人を描いたものだとされていることを知り、なんとなく腑に落ちない気持ちで博物館をあとにする。…
[芸術新潮 特集須賀敦子が愛したもの]



今回のヴェネツィア展の目玉のひとつ、カルパッチョの《二人の貴婦人》。日本では初公開だという。

わたしがこの作品の存在を知ったのは、須賀敦子さんのエッセイを読んだときだった。ヴェネツィアのもうひとつの顔を知り、次に訪れるときにはぜひこの目でいろいろ見てみようとこころに決めた。

機会はすぐに訪れた。ヴェネツィアで開かれるパーティーに参加するため、一路水の都を目指す。そうして時間を見つけて、私はゲットーの中を歩いた。ただ、歩いた。暗く狭いトンネルをくぐり、大きな門を抜けると、そこには今まで知り得なかったもうひとつのヴェネツィアがあった。


あのとき、コッレール美術館に行かなかったことを今でも後悔している。無理やりでも時間をひねり出すべきだったと。

その絵を一度見てみたかった。その絵の前に立ってみたかった。だからこそ、この展覧会の話を聞き、対面のチャンスに胸をおどらせた。もしかしたら、心のどこかでは、同じように肩すかしを喰らい、踵を返すじぶんを想像していたのかもしれない。





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| 12:10 | trackback 1* | comment 0* |


2011.09.28 [Wed] + Art/Design +
世界遺産 ヴェネツィア展 1

ヴェネツィアといえば、もう何度も訪れているほど大好きな街。
というわけで、はりきって行ってまいりました、「魅惑の芸術‐千年の都 世界遺産 ヴェネツィア展」@江戸東京博物館
以下、こころに残ったものを思いつくままに。


まず、迎えてくれたのは、背に大きな羽を持つ獅子。
ヴィットーレ・カルパッチョの《サン・マルコのライオン》です。


leonedeisanm.jpg


ヴェネツィアの街を歩けばいたるところで見かけるこの有翼のライオンは、ヴェネツィアの守護聖人マルコの象徴であり、共和国のシンボルです。手にした書物に刻まれているのは、「PAX TIBI MARCE EVANGELISTA MEVS (我が福音書記者マルコよ、汝に平安を)」。生前マルコがヴェネツィアに立ち寄った時、現れた天使から受けた予言の言葉だとか。

サン・マルコのライオンは、その勇ましい姿から、ともすると近づきたい印象を抱いていたけど、このカルパッチョのライオンには素直にこころ惹かれました。

そう思わせたのは鮮やかな色を持つ美しい羽根か、
それとも勇ましいながらもやさしさを湛えた表情か。






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